『友也くん!帰れそう?』
ひょっこりと顔をのぞかしたお米さんはまるで道端に咲いたタンポポみたいで、愛らしいという言葉が似合った。
先ほど演劇部の部長こと日々樹渉から次の演目でやる台本を受け取り、目を通していたところだった。ふと目線を時計にやれば、夜の8時を回り夕方までには帰るといった今朝の親とのやりとりは虚しく恐らく冷えたご飯が食卓に並べられることになるんだろう。でもこの時間にお米さんと一緒に帰れるんだからこれ以上の事は望まない。ありがとう今日まで生きた自分。よく頑張ったな。
お米さんの小さな手を握って帰途につく。この時期は冷え込むから彼女の手が恐ろしく冷たく、寒い中待たせたのだと申し訳なく「すみません…寒かったですよね。」と言えば『友也くんを待ってることはいつも楽しいからいいの。』と笑顔で答えた。
待つことが楽しい?俺もお米さんとのデートの待ち合わせのときそわそわして落ち着かないことがあるけど、それと同じってことなのか…?そのことを問おうとするとお米さんは突然手を放して『難しく考えているな。少年。』と俺の前に立ちはだかり仁王立ちで構えた。その行動に思わず驚いてしまったけれど、俺の前を歩き出す彼女を追いかける。
「お米さん!転びますよ!」
『大丈夫!そんな簡単に転ばない…あっ』
躓きそうになるお米さんの腕を掴む。俺は別に予言者だとか、魔法使いとか占い師とかじゃないけれど、お米さんのことに関しては何となく先の予測がつくようになった。今もこうして転びそうになってるのがいい例だろう。まったく…世話の焼ける先輩だ。
『あ、今世話の焼ける先輩って思った?』
「思いました。なので、もう俺の手を放さないでくださいね。」
『はーい。』と間の抜けた返事を聞いて、思わずため息を吐く。普段はしっかり者で真面目な彼女が、俺だけに見せる顔や表情を見せてくれると、どうも彼氏としての独占欲が増すようで普段から見れない彼女の一面を探したくなってしまう。
『あ、』
ぴたりとお米さんが止まり、「どうしました?」と顔を覗くと唇を塞がれてしまった。えぇぇ…普通逆…とかそんな思考を過る中、唇が離れれば仄かな温もりを唇に残しながらお米さんは『今日してなかったから』なんて、笑いながら顔を紅潮させてるもんだからずるい。だから俺も思わず仕返しをこめて優しく唇の形を指でなぞりながら温もりに触れた。
ある帰り道の幸せ一つ
人が周りにいなくてよかっただとか、今は夜だからよかったとかそう安堵したりして。
2017.01.23