The Last Stage (サンプル)


※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)


「ありがとうございました」

最後のお客様を見送って頭を下げる。

生ぬるい海風が頬を撫でて、もうすぐ夏なんだな、と実感する。扉のプレートをひっくり返して店内に戻ると、佐伯くんがクローズの準備に入っていて、わたしもいつもの手順で作業を始める。

珊瑚礁で働き出して、もう三ヶ月。順調に仕事も覚えて、今では普通に仕事をこなすくらいには慣れてきたと思う。

「おい」
「はーい」
「これ、間違ってるぞ」
「えっ、あ、ご、ごめん! すぐやるから……! きゃっ」

慌てたせいで、自分で持っていたモップに躓いた。よろけたわたしを佐伯くんが支えてくれる。

「あ……、ありがと……」
「ったく、こっちはやっとくからいいよ。つーか、怪我だけはするなよ。店のせいにされたら迷惑だ」
「もうっ、お店のせいになんかしないよ!」
「一応、責任感じるからな。たとえおまえのドジでも」

意地悪そうに笑いながら、奥に引っ込んだけど、転ぶ寸前で助けてもらったのでなにも言えない。ちょっとだけ楽しそうに見えるのは気のせいだと思いたい。

佐伯くんは厳しいし、鬼のようだけど、さり気なく優しい。さっきみたいに助けてくれたりするし。最初の頃よりも少しは仕事もできるようになったし、もう少しくらい頼りにされてもいいと思うんだけどな……。

慣れてきた時が油断をしやすいというけど、きっとわたしもそういう時期なんだろう。油断は禁物だって言われたような気がして、しょぼんと肩を落とした。

でもいつか絶対に佐伯くんに参ったと言わせてやるんだから! と、日々闘志を燃やしつつ勉強中だ。

入学式の初日に迷って辿りついて、アルバイト先にもなった『喫茶珊瑚礁』は、学校では王子様で通っている佐伯くんのお祖父さんのお店だった。

最初は佐伯くんに追い出されそうになったけど、マスターがわたしを雇ってくれた。

初めてのアルバイトは緊張して、ワクワクして、遊び感覚だったのは否めない。だって初体験だし。だけど、佐伯くんは意識がまるで違った。初日にして見せつけられた仕事に対する姿勢の差に、わたしは大きなショックを受けたんだ。

働くって、こうじゃないって、真剣にお仕事をするって、こういうことなんだって……教えてくれた。

バイトって、もっと気楽で楽しいものだって思ってた自分を反省……いや、珊瑚礁のお仕事は楽しいけどね? たまーに、嫌なこともあるけど、それだって経験だし、無駄にならないってこと、わたしも学んだから。

あの日から、わたしの目標は佐伯くんだ。

もっと言うと、佐伯くんに頼られることが目標……と言っていいかもしれない。

「ねえ。佐伯くん、今度の日曜、商店街でいいよね?」
「今度の日曜?」

掃除をしながら約束の確認をすると、佐伯くんから怪訝そうな表情で見られて、口を開く。

「もうっ、忘れちゃったの? ほら、お店の装飾品、見に行こうって約束したじゃない」
「ハァ……、つーか、夏休みになるのに他にやることはないのかよ」

あ、これは絶対覚えててわたしがなにも言わなかったらスルーするつもりだったんだって気づいた。

「夏休みだからこそ、だよ。佐伯くん」

いつもよりもずっと自由時間があるんだから、珊瑚礁のこと、佐伯くんのこと、もっともっと知るいい機会じゃないか。なにもしないなんてもったいない。

「敵を知るにはまず味方から……って言うでしょ?」
「珊瑚礁は敵なのか?」
「ちが……っ、そうじゃなくて! もうっ、たとえに突っ込まないでよ!」
「そもそものたとえが間違ってるんだよ。それを言うなら、『彼を知り、己を知れば百戦危うからず』じゃないのか? あ、そういや、この前のテスト、あれはどうなんだよ。もっと頑張った方がいいと思うぞ?」
「うう……」

しまった。ヘンな言い間違いから、この前のテストの話になっちゃった。佐伯くんはわたし以上にバイトもしていて、趣味のサーフィンも楽しんでて、学校で王子様なんかやってるのに、成績までいいなんて……詐欺だ。

いや、王子様だからこそ……?

「次は負けないんだから!」
「あの順位でその言葉が出ることだけは褒めてやる」

鼻で笑われたけど、佐伯くんの言うとおり、今のわたしの成績はそんなレベルだ。
胸を張って言えるわけじゃないけども!

「み、みてらっしゃい!」

その余裕な態度、崩してあげようじゃないか! と宣言すると、佐伯くんがぷっと笑った。

「どこの悪役だよ」

笑う佐伯くんに不敵な笑顔を向けた。佐伯くんに出会って初めて知った自分の性格。わたしは自分で思っている以上に、負けず嫌いらしい。それは、とてもいい方向に作用していて、高校生になってからのわたしは非常に忙しく充実した日々を送っていると思う。

「そんなことよりおまえはまず自分のことを知ることが先決だろ」
「自分のこと……?」

首を傾げると佐伯くんが呆れたようにため息を吐く。

「おまえは迂闊なんだよ」
「迂闊って……! そんなことないよ!」
「ある。よく自分のことを考えてみるように」

納得できなくて、自分のことを考えてみる。確かに、珊瑚礁でのバイトが楽しくて勉強が疎かになっていたのは、否定できない。でも、それが迂闊かどうかは別問題な気がする。

うーん、と考え込んでいると、軽くチョップされた。

「ほら、考えるのは後にしてさっさと仕事」
「はぁい。でも今度の日曜の約束は約束だからちゃんと守ってね?」

佐伯くんに勝つためには佐伯くんをまずは知らないとね! と、気合いを入れつつそう言ったら「どうしてそうなるんだよ」と、眉間に皺を寄せられたけど、そんなことを気にしていたら、佐伯くんとつき合ってなんていられない。

クローズの作業を一通り終えて、着替えると佐伯くんに挨拶をする。

「じゃあ、日曜日にね〜」

とりあえず、約束したからね? と、じっと佐伯くんを見つめると、不承不承ながら了承してくれた。まあ、佐伯くんはあんなにモテるのだから、わたしと出掛けるくらいどうってことはないだろう。

「待て」
「ん?」
「おまえな。遅くなった時は送って行くって言っただろ。少し待ってろ」
「え。いいよ。佐伯くんだって疲れているだろうし、それに今日はそこまで遅くないよ?」

時計を確認するといつもと……、いつもよりちょっと遅いくらいだ。

「ウルサイ。面倒掛けんなよ」

言い合いをしている時間ももったいないって感じで、待ってろ、と念を押した佐伯くんが二階に上がっていくのを見送って、ちょっと息を吐く。佐伯くんに面倒をかけたいわけじゃないんだけどな。もしかしたら、わたしが働くのは佐伯くんの負担になってたりしないかな……?

そう考えたら、なんだか不安になった。

不安になっているうちに佐伯くんが戻ってきて、一緒に店を出たけど、なにを言えばいいのか分からなくなって、声をかけることができない。

「どうかしたか?」
「う、ううん、なんでもない……」

なんて言えばいいのか分からなくて、思わず視線を逸らしたら、佐伯くんのチョップが落ちてきた。

「イタッ! もうっ、なにするの!」
「言いたいことは言え。なんか、おまえいきなり突拍子もないこと言いだしそうだからな」
「そ、そんなことないよ」
「じゃあ、今なにを考えてた?」

そう問われて、視線を彷徨わせる。

誤魔化そうとも思ったけど、もう一発チョップが落ちてくるのが目に見えていたから、すぅ、と息を吸って佐伯くんに視線を向けた。

「あの……、わ、わたし、辞めた方がいい?」
「……は?」

思い切り眉間に皺を寄せた佐伯くんが、ちょっと怒ったみたいにわたしを睨んだ。

「どういう思考でその結論に至ったか話せ」
「いや、だって……わたし、なんか佐伯くんに面倒掛けてるかな……って」
「当然だろ。そんなの」

迷うことなく頷かれた。確かに、自分でもそう思っていたけど、速攻で肯定しなくてもいいじゃないかと、思わず佐伯くんを睨む。

「なんだよ。その顔。そもそも、俺はバイトを雇うなんて元から反対だったんだよ」
「ほ、ほらぁ、だったら辞めた方が……」
「ようやくちょっとは仕事もできるようになってきたのに、今更それかよ。おまえ、入るときになんて言った? 俺は帰れって言ったよな?」

バイト初日、佐伯くんに追い出されそうになった。マスターのおかげでバイトに入ることが許された。

「そ、れは」
「最初っから迷惑だって言っただろ? それを分かっておまえはバイトに入ったんだよな?」
「……」

正論過ぎて反論ができない。最初から佐伯くんは面倒そうだった。迷惑だとも言われた。それでも、この三ヶ月、きちんと仕事を教えてくれていたし、フォローもしてくれていた。

「わたし、まだ全然役に立てなくて……」
「役には立ってないな」
「ちょっ、そこは役に立ってる、おまえが必要だって言うべきシーンでしょ!?」
「シーンってなんだよ。ばーか。俺は現状を伝えただけだ」
「うう……」

やっぱり佐伯くんは鬼だ。悪魔だ。大魔王だ。

「なんか言ったか?」
「べ、別にっ」

睨まれて、ふい、と不自然に視線を逸らしたけど、なぜ考えていることがバレたんだろう? 怖い。

「まぁ、けど、前は出来なかったことができるようになってるだろ……。それでも辞めたいなら止めないけどな」

耳に届いた言葉が信じられなくて、驚いて顔をあげると、不機嫌そうないつもの佐伯くんの顔があった。

「前に、出来なかったこと……それって、少しは認めてもらえてる、ってこと?」
「この三ヶ月、おまえはなにも学ばなかったのか?」
「そっ、そんなことない! わたし、佐伯くんに負担をかけていないなら働きたいよ!」
「は? 俺に負担……?」
「えっ、えーと……。だから、わたし、頑張るね!」

しまった。余計なこと言ったかもしれない。確かに、最初に面倒だって佐伯くんには言われたし、あの時『帰れ』と言われて帰らなかったことがわたしの答えだ。

迷惑だったのは最初からなんだから、これから迷惑をかけないようになればいい。遠回しだけど、そう言ってくれたと考えていいよね?

「……知らないことを知らないままにする方が怖い。知らないことがあって当然なんだから、分からないことがあったら聞け」

その言葉に、思わず頬が緩む。

「なにニヤニヤしてるんだよ」
「ううん。なんか嬉しくて」
「なんか突拍子もないこと考えてそうだけど、いきなり結論に飛びつくような不用意な真似はするなよ」
「うん! 今後も佐伯くんに一番に相談するね!」

笑顔でそう伝えると、嫌な顔をされた。なんで!?

それでも、佐伯くんにちょっとは認められているって都合よく解釈して、まだまだ足りないけど、明日からも頑張ろうって、そう思えた。





※2017.2.19 ラヴコレクションにて発行予定



戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -