変わらないもの (サンプル)
※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)
成人式。久しぶりに集まった高校の頃のメンバー、初めてのお酒。これで浮かれない方が無理だと思う。
朝から準備に追われて、着物を着て、髪形を整えて……、それから、瑛くんが迎えに来てくれた。わたしが誘わないと来なさそうだったしね。せっかくの成人式だし、同じ大学だし、半ば強引に約束した。
瑛くんはきちんとスーツを着ていた。初詣の時はいつも私服だったからなんだか新鮮だ。
「おはよう……。わあ」
「はよ。なんだよ?」
「瑛くん、すっごく似合うよ!」
すごく、大人っぽい。高校生の頃も大人っぽかったけど、大学生になって年相応になったというか……。
「うん。すっごくかっこいい」
「バーカ」
不機嫌そうに顔を顰めてそう言ったけど、これはただ照れているだけだろう。
「どう? どう?」
着物の袖を広げて、瑛くんの前でくるりと回ると苦笑された。帯も可愛く結ってもらったから、どうしても全部見せたかったわたしの気持ちを全く汲んでくれる気はないらしい。
「おまえは変わらないな」
「へっ!? そんなことないでしょ? ちゃんと髪だって美容院でしてもらったし、この着物だって、高校生の頃のよりずっと高いやつなんだよ?」
「そう言う意味じゃない。……ま、似合わなくもない」
「もうっ、せっかくの成人式なのに!」
「それより早く行くぞ。遅れる」
「わ、わあっ、待って!」
慌てて追いかけようとして、スッと手を差し出される。
「えっ?」
「転んだら困るだろ」
「あ、ありがとう……」
瑛くんの手に掴まって、草履をはいた。ゆっくりと家を出て、成人式の会場に向かう。
人通りの多い駅は同じように成人を迎えた人たちが溢れていた。色とりどりの着物に、スーツの人、和服の人も多い。
「……瑛くんは和服でも似合いそうだよね」
「そうか?」
「うん。紋付袴の瑛くんもみたかったなぁ」
素直にそう口にしたのに、なぜかチョップされた。
なんでだろう? わたしヘンなこと言ってないよね?
お互いに軽口を叩きながら、電車に乗ると、ものすごく混んでいた。
「わ、わあっ」
「あかり、こっち」
人並みに押されるように奥へと流されそうになったわたしを瑛くんが引き寄せる。そのまま小さな空間に誘導してくれて、まるでわたしを守るように立ってくれた。
距離が、近い。ぎゅうぎゅうになった電車の中で、わたしだけがあまり窮屈じゃない。
「ごめんね? 大丈夫?」
「平気。気にするな」
相変わらず、優しい。軽くお化粧もしてるから、瑛くんのスーツを汚さないように気をつけなくちゃ……、と思った瞬間、ぐらりと電車が揺れてよろけた。
「きゃっ」
「うおっ」
思い切り、顔が瑛くんの胸にぶつかった。
あ、と思ったときには遅くて。わたしの口紅が少し瑛くんのシャツについてしまった。
「ご、ごごごごめん!」
「ん?」
「口紅……。あ、擦っちゃダメ!」
どうしよう。と少し青ざめると、はぁ、と瑛くんがため息を吐いた。
「いいよ。そこまで目立たないし」
確かに、そんなには目立っていない。
薄らとキラキラしたものがついているのがわかる程度だけど、やっぱり申し訳ない。
「ほんと、ごめん……」
薄いピンクのほとんど色のついていないものでよかったけど……。たぶん、気づく人はいるような気がする。
「気にするな。不可抗力だし。コートを着れば見えない」
ぎゅむ、と圧力が襲ってきたけど、また瑛くんが庇ってくれた。
「……ありがとう」
やっぱり優しいなぁ。こういうところ、高校生の頃にはあまり気づかなかった。
そう思うと、わたしも少しは成長しているんじゃないかな……? なーんて言ったら、きっと瑛くんには呆れられちゃうと思うけど。
二十歳の成人式。こうして一緒に参加できて本当によかった。高校生の頃、瑛くんは黙ってこの街からいなくなってしまったから。
あの時はものすごく心配したけれど、今はこうして戻ってきて同じ大学に通っている。
わたしの一番の友達。今でもそう思う。
色々な話を聞いてくれて、今も、一番近くにいてくれるかけがえのない存在。このままずっと仲良く過ごせたらいいなと思う。
そんなことを考えていたら駅に着いた。
会場がある駅で降りる人はたくさんいて、みんな押し出されるように電車を降りていたけれど、わたしは瑛くんが上手く誘導してくれたから、着物が崩れることもなく無事に降りられた。
「はぁ……、ありがとう」
「ゆっくり行くか」
瑛くんの言葉に頷いてゆっくりと歩く。
見知った顔は全然いなくて、これで本当に会えるのか少し不安になる。それを瑛くんに訊ねてみたらあっさりとした返答が戻ってきた。
「大丈夫だろ。どうせ待ち合わせは午後だし」
「そっか……、そうだよね?」
成人式の時間帯がみんなバラバラだったから、そういう話になっている。ちなみに、瑛くんはわたしがみんなと合流した後には帰るつもりでいる。
ハリーが絶対に引き留めるって息巻いていたけれど、本当に大丈夫なんだろうか?
せっかく久しぶりにみんなに会えるんだから、瑛くんもくればいいのに、とわたしが誘ってみてもいい返事はもらえなかった。
そりゃあ、高校生の頃は猫を被っていたり、秘密を隠していたりしたから、あの頃と違う自分を見られるのが嫌だって気持ちは分かるんだけど……、でも、なかなかない機会だし。
「俺は行かないからな」
ちらちらと瑛くんを見ていたせいか、口を開く前に釘を刺された。
「まだなにも言ってないよ」
「おまえの考えてることなんて丸わかりだ」
むぅ、バレている。
成人式は同じ時間帯の子がいなくて、わたしと二人だからなんとか連れ出せたけれど、この後のことはハリーに任せるしかない。
頑張れ、ハリー。と心の中で応援しておく。
「それにしてもすごい人だな……。逸れるなよ? 探すの面倒だし」
「う、うん……」
迷子になる可能性を否定できなくて、曖昧に頷くと、しょうがない、とため息を落とした瑛くんが、ほら、と腕を出してくれて、その意味に気づいてそっと腕につかまる。
「えへへ、これで迷子にはならないよ」
「ほんと、おまえって能天気」
呆れたように笑った瑛くんと一緒に、成人式に出席した。
※2016.5.22 ラヴコレクションにて発行予定
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