終わりの始まり (サンプル)


※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)


高校の入学式の日に出会った俺の人魚は、今も俺の隣で笑っている。

……だからと言って、別に付き合っているわけじゃない。

俺たちの関係は、高校生の頃から、ずっと友達で……、今も、それ以上の関係を望んだりはしていなかったはずなのに。

「……あの、ごめんなさい」
「別にいいよ。断り切れなかったんだろ」
「だって……、付き合っている人がいるなら、諦める……って、いうから」

小さな声で俺に申告して、しゅんと顔を俯けているあかりは、ついさっき、告白されたばかりだ。

「だから、もういいって」

何度も……、何度もあかりに告白してくるヤツのことを聞いた。俺も、まあ、たぶんそこそこ告白はされている。

だけど、お互い誰とも付き合わないまま。

「いつもありがとうね。瑛くん」
「ん。じゃあ、いつもの喫茶店のコーヒーな」

ぽん、と頭に手をのせると、ハッと顔を上げた。

「えっ! またわたしがおごるの!?」
「それくらいいいだろ? 貢献してるんだから」

ニヤリと笑うと、あかりが、むぅ、と頬を膨らませる。だいたい、あかりが悪いんだ。俺と付き合ってるって、簡単に人の名前を使うから。

大学内では一緒にいることも多いし、そう誤解しているヤツも確かにいるけれど、俺たちは、ただの友達で、それ以上のことはなにもない。

「わ、分かった……、じゃあ、今度勉強教えてね?」
「俺が教えることなんてないだろ」
「そんなことないもん」

勉強できる時間が増えて、俺もあかりもたぶん大学では上位にいる方だと思う。分からないことがあるのなら、俺じゃなくて、教授に聞いた方が絶対にタメになるのに。

「それより、好きなヤツとかできないのか? ずっと告白断り続けてるけど」
「それを言うなら、瑛くんこそ。可愛い女の子に告白されてるの、何度も見たよ?」
「俺は別に、今はそういうのいらないし。めんどくさい」
「わ、わたしだって、同じだもん」

少しムキになったように言ったあかりに、ほんの少し首を傾げる。

「もしかして……、まだ、忘れられないのか?」
「別に、そういうわけじゃ……っ」

言葉に詰まったあかりが俺から視線を逸らす。高校を卒業して二年経った。あかりはまだ、好きなヤツのことを忘れられていない……、その言葉は、自分の中に影を落とした。

「ごめん、余計なこと言った」

ぽんぽんとあかりの頭を撫でると、ぷいっとそっぽを向かれた。

――高校生の頃、好きなヤツの話を聞いた。

それが誰なのか教えてくれなかったけど、真っ赤になったあかりの顔を見た時、本気でそいつのことが好きなんだって分かった。だから、自分の気持ちにブレーキをかけた。

あかりに忘れろと言ったあの事故でしてしまったキス。あの時に、思い出したんだ。小さい頃に出会った人魚のことを。

それが、あかりだってことにも。

必ず見つけると約束した女の子は、成長して、俺の傍にいるけれど、約束を思い出す様子もなく、俺じゃない誰かに恋をしていた。

――ただの、初恋。小さい頃の思い出。

そう言い聞かせて、あかりの傍にいた。珊瑚礁の閉店で一度はこの街を出たけれど、結局、俺はこの街に戻ってきた。友達としてでも構わない。せめて、あかりに大事な人ができるまで、傍にいたい……って、そう思ったから。

友達以上は望まない。あかりを見守るって、誓ったあの日から。俺たちの関係は変わることはない

「早く、いいヤツ見つけてお父さんを安心させなさい」
「……お父さんこそ、早くいいお嫁さん見つけて、娘を安心させてよ」

軽い言い合いに、顔では笑いつつも胸が痛かった。

「はいはい、好きなヤツができたら一番に知らせるから」
「……ほんとに?」
「ちゃんと紹介もするし」
「……」
「あかり? どうした?」

なんだか、不機嫌そうな顔をして俺を睨んでいる。怒らせるようなことを言ったつもりもないんだけど、なにが気に食わなかったんだ?

「別に……、なんでもない」
「なんか、顔が怒ってるぞ?」
「もともとこういう顔です!」
「で?」

明らかに怒っているのは分かる。

それをとぼけてるのか、本当にぼけているのかは分からないけど、あかりは「知らない」と呟くと、身体を反転させて歩き出そうとした。けど、すぐに足を止めると、思い直したように俺のところに戻ってきて、腕を掴んだ。

「どうした?」
「……一緒に帰る」
「は?」
「……さっきの人、なんか、こっち見てるみたい」

不安げな表情になったあかりが、目線を彷徨わせる。顔を上げると、確かに俺たちの様子を伺っている男がいて、あかりの肩を抱き寄せた。

小さな肩が、ほんの少し震えている。

「あいつに……、何かされたのか?」
「う、ううん……、でも、ちょっとしつこくて、それで……」

なるほど、告白されたのは初めてじゃなかったか。付き合っているだなんて、あかりが言った理由が分かった。

「じっとしてろ」
「?」

ゆっくりとあかりの顎を持ち上げて、顔を近づける。

たぶん、あいつには俺たちがキスしているようにみえるだろう。つーか、あかりを怖がらせるなんて、告白する資格さえない。そんな奴には渡さない。

唇が触れる寸前、ギリギリで止める。あかりが驚いたみたいに目を見開いて、だけど、逃げる様子もみせない。ゆっくりと顔を離して、あかりの身体を抱きしめる。

気づかれないようにチラリと男の方を見ると、俺たちから顔を背けて、立ち去るところだった。

「……よし、行ったな」
「……」
「あかり?」

なんだかおとなしくなったあかりをみると、顔を赤くして、俯いている。

「どうした?」
「な、な、なんでもないっ。ほら、帰ろう?」

慌てたように頷いたあかりと一緒に大学を出た。

あかりの髪が風に揺れる。こだわりなのか、高校生の頃とあまり変わらない長さをキープしている。

「こうして一緒に帰るの、ちょっと久しぶりだね?」
「そういえば、そうかもしれないな」

大学構内で一緒にいることは多くても、お互いバイトもしているし、講義だって全部が同じわけじゃない。

帰りの時間が被ることはほとんどないな。まあ、こんなもんだろうと思うけど……。あかりの横顔を見る。高校生の頃よりは、大人っぽくなった……と、思う。

だけど、俺を見てにこりと笑う顔はあの頃と変わらない。相変わらずあかりは俺の傍にいて、友達のまま。それなりにいい関係を築けているんじゃないと思う。

「ねえ、瑛くん、最近どう?」
「最近って? 別に普通だけど」
「……ちゃんと休んでる?」
「まあな」

一日のほとんどを大学で過ごしてバイト、珊瑚礁に住んでいた頃のように頻繁にサーフィンに出ることはなくなったくらいで、特別変わったことはない。

「……あまり、無理しないでね」

心配そうに俺を見るあかりに、大丈夫だと頷く。

「ああ、サンキュ」

俺たちの関係は、あの頃の距離のまま、縮まることなんてない……って、そう思ってた。




※2015.11.1 ラヴコレクションにて発行予定



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