one-sided love (サンプル)


※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)


-Side Daisy-

「好きです」
その声は、風に乗って…という訳ではないけれど、被服室でひとり作業を進めていたわたしの耳に入ってきてしまった。

窓際で心地いい風を感じながら裁縫をしようだなんて考えなければよかった。そう思ったのは、次に聞こえてきた声がよく知る人の声だったから。

「ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど…」

チクリと胸が痛んだ。別にわたしが言われたわけではないのに。だけど、これ以上、聞く訳にはいかないと窓をそっと閉めた。

告白……されてた。

きっとわたしが知らないだけで、彼にとっては日常茶飯事なんだろうな。それでも…、わたしには彼女の気持ちが痛いほど分かってしまった。

罪作りだね。佐伯くん。

布に刺した状態で針が止まっている部分をみつめて、軽いため息を吐く。さっきまでの心地いい気分はどこかに行ってしまい、重苦しい空気が自分の中に流れた。

…わたしより、彼女の方が落ち込んでいるはずなのに。たぶん、佐伯くんが告白を受けることはないだろうって、知っているから。いつもそんな余裕はない、って言っているし、お店のことで忙しいのも、ご両親との約束で優等生をやっているということも、わたしは知っている。

だけど、それは入学式の日に迷子になって、たまたま佐伯くんの本当の姿を偶然に知ってしまっただけであって、彼女たちと何が違うんだろう? 偶然知らなかったら、近づくことさえなかったと思うのに。

気がつけば、あなたはわたしの特別で。

こんな気持ち、最近まで全く気づかなかった。

よく『ぼんやりだな』って佐伯くんに言われていたけれど、本当にぼんやりだったのかも。

自分の気持ちが分からないなんてこと、あるはずないって思っていたのに。それを指摘してくれたのが、ひとつ年下の天地くんだった。

『先輩はホントぼんやりさんだね? 自分の気持ちも分かってないの?』

翌年の入学式の日、傘を貸してあげた可愛い後輩。これまた偶然に、天地くんの本性を知ってしまったわたし。

佐伯くんで慣れているから…ってわけではないけれど、違和感なく天地くんとも仲良くなった。

あの日、教室にひとりで残っている天地くんをみつけて、声をかけた。最初は、普通に話していただけのように思う。どんな流れでそんな話になったのかは、覚えていないけれど、天地くんに聞かれたんだ。

『先輩は、誰を見てるの?』

その質問の意味が分からなくて首を傾げた。

『ふ…。本当に分からないんだ? だからみんな先輩に夢中になるのかもしれないけど』
なんだか、いつもの天地くんと様子が違っていて、言いようのない不安に襲われた。
『なにを、言ってるの?』

ほんの少し、怖くて、それでも震えないよう精一杯出した声に、天地くんは笑った。いつものような天使の微笑みでもなく、小悪魔の微笑みでもなく、ただ、寂しそうに…、泣きそうな表情で、それでも、笑ったんだ。

『いい加減さ、自分の気持ちくらい、気づいた方がいいよ。好きなんでしょ? 佐伯先輩のこと』
『え? 佐伯くん…? どうして?』

きょとんとしたわたしに、天地くんは突然、わたしの両手首を握って壁に押し付けてきた。
すぐ近くに、天地くんの顔。それは、とても大人びていて…ドキリとした。

『ほら、これで逃げられないでしょ? いくら女っぽくみえても、僕は男だから』

その言葉に目を見開いた。動かせない手が、天地くんの目が、怖かった。

『…っ、や、やめて、天地くん』
『先輩は、ズルイよ…』

近づいてくる天地くんに思わず顔を背けた。

『やっ…、さえ、き、くん…』

自分でも知らないうちに佐伯くんの名前を呼んでいた。ほとんど、無意識に。
掴まれた手首に一瞬だけ力が加わったかと思うと、スッと力を抜いてわたしを放してくれた。

解放されたわたしはそのまま壁伝いに座り込む。

震える身体を抱きしめるように抑えて、さっき自分が呼んだ人の顔を思い浮かべていた。

『ほら…そうやって、あの人を呼ぶんだ。さすがに判ったでしょ? 僕の気持ち…』
『天地、くん…』
『ごめん。先輩が悪いわけじゃないけど…、僕はもう先輩と一緒にいられない』

辛そうに目を伏せてわたしから顔を反らすと『いままで、ありがと』と、ぽつりとそう呟いて、天地くんは振り返ることなく教室を出て行った。

ひとり残された教室で、震える手を見つめた。初めて、自覚した佐伯くんへの想いに愕然とする。

同時に、天地くんをすごく傷つけてしまったんだと気づいて、涙がこぼれた。『鈍いんだよ。先輩は』前にそう言われた言葉が頭の中に響いていた。


-Side Teru-

季節は巡って文化祭。

『高校生最後の文化祭だから』そう言ってあかりは一生懸命部活を頑張っていた。その陰の努力を知っているのは、たぶん俺くらいだと思う。

去年のパーティドレスも綺麗だったけど、今年はウエディングドレスだと? また俄かファンが増えるかもしれない状況に、ため息を落としつつ舞台袖を覗いてみると、見ただけで緊張してます。って感じのあかりが目に入った。

薄いピンク色のドレスをまとった姿に、一瞬、言葉を失う。冗談抜きで、本当にキラキラと輝いてたんだ。

いつの間に、こんなに綺麗になったんだろう?

すう、と息を吸って、あかりに声をかけると、ほんの少し表情が和らぐ。それを見て安心した。

「…馬子にも衣装、だな」
「言うと思った」

素直に言葉にしなくても、分かるだろ? って言いたくなったけど、こいつに伝わるはずもないか。

「ハハッ、嘘だよ。…似合ってなくもない、かもしれない」
「もうっ、どっち?」

あかりが頬を膨らませると、いつも通りの表情を俺に向ける。やっぱりそっちの方があかりらしい。

「似合ってるよ」

だから、たまには、本音を織り交ぜてみたのに、不意打ちだったのか、あかりの顔が目に見えて真っ赤になった。つられて俺まで赤くなりそうで、からかうように続ける。

「ぷっ、顔真っ赤」
「さっ、佐伯くんのせいでしょ…!」

さっきよりも幾分か緊張も取れたらしい。これならきっと大丈夫だろう。

「――転ぶなよ?」

意地悪く笑うと、転ばないもんっ、といつもの返答をしてきたけど、少し心配だ。だって、本当にこいつはよく転ぶんだ。コーヒーを運んでいるときとか、いつもハラハラしてるなんて、思いもよらないんだろうけど。

「行ってきます」

表情が、切り替わる瞬間を見た。

主役はドレスであってあかりじゃないけれど、自分の好きなドレスを作っただけあってよく似合っていた。

あかりを見つめながら、あっ、と思う。今たぶん転びそうになった。何とか堪えて転ばずに済んだことにほっとする。スポットライトを浴びたあかりは…すごく綺麗だった。

女って、着るものであんなに変わるんだな。

ハラハラする場面もあったけれど、あかりが舞台袖に戻ってくる。

緊張した面持ちはまだ続いていて、はあ、吐息をついたところで、ぽん、と肩を叩いた。

「佐伯くん…」
「…よく頑張ったな…、その、綺麗だったぞ、一番」

俺なりの精一杯で本音を口に出したから、あかりが驚いた顔をする。俺だってたまには…な、だってそれだけあかりが頑張ったんだから、褒めて当然だ。

「おまえのドレス姿、みられてよかった」

出来れば、俺だけに見せて欲しかったけど。なんて言えるはずもない本音は心の奥にしまいこむ。驚いていたあかりが、ぱあ、と花が咲いたように笑う。心なしか頬が赤いから、照れているのかもしれない。

「…なあ、それってさ、いつでも着られるんだろ?」

言うつもりなんてなかった言葉が口から零れ落ちる。

「いつでも?」
「例えばさ、その…俺が、ちょっと着てみて欲しくなった時とか…」
「このドレス? うん…、ちょっと大変だけど…」

たぶん、あかりは俺の質問の意味が分かっていないだろう。だけど、それでいい。まだ気づかなくていい。

「まあ、例えば、だけどな? そっか…」

軽く会話していると、突然あかりが躓いて倒れこんできて、とっさに支える。

「わっ…、ばか、ここで転ぶなよ」
「あ…、わっ、ご、ごごごめん…!」

抱きとめるような形で、制服とは感触の違う布地に心臓がドキリとした。なにより、あかりからいい匂いがして、体勢を立て直そうとしたあかりを引き寄せそうになって堪えた。恥ずかしかったのか顔をあげないあかりに早く着替えてこいと言った。

これ以上誰かに見せるのも嫌だし、なにより、自分自身の理性もヤバいと気づいたから。

軽口であかりを着替えに向かわせて、つい口を滑らせた言葉はいつものごとく「えっ?」で流された。分かってたけどな。いい加減、ワンパターンだし。

気配りができるんだから、もう少し察してくれればいいのに、なんて思ったって無駄だということはよく分かっていた。





※2015.2.22 ラヴコレクションにて発行予定



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