ボーダーライン (サンプル)
※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)
例えば、それは。
「キスって…どんな感じなのかなぁ?」
「は?」
日曜日、いつものように瑛くんと遊びに行った帰り道。瑛くんをじっと見つめて聞いてみた。
「…さっきの映画のことか?」
「そう。あんな風にするキスって、すごく綺麗だよね…」
なんか、美男美女は何をしても絵になるって言うか…。
「綺麗って…綺麗なもんでもないと思うけど」
「えっ?」
「…だって、人工呼吸するようなもんだろ」
人工呼吸って…。瑛くんって本当にヘンな角度から物事を見るところがあるよね。
「人工呼吸とキスは違うよっ」
「どこが違うんだよ?」
「人工呼吸は生命の危機を助けるためだけど、キスは…、ほら、想いあった恋人同士がさ…」
黙ってわたしの言葉を聞いていた瑛くんが、ぷっと吹きだす。
「ちょっ! なんで笑うかなぁ?」
むぅ、と唇を尖らせると、瑛くんが笑いを堪えながら、ぽんぽんと頭を叩く。
「おまえ…、ほんっと面白いな」
「もうっ…、別に瑛くんを笑わせるために言ったわけじゃないよ!」
「あははっ、…悪い悪い、けどおまえ、あまりにも夢みすぎ…、ぷっ」
くっくっと笑う瑛くんに腹が立って、思わず言い返す。
「…じゃあ、瑛くんはしたことあるの? …キス」
「え?」
「人工呼吸でもいいけど…」
「…練習くらいしかしたことないけど」
さらりと言われて、目を瞬く。
「練習…?」
「するだろ? 普通。サーフィンやってるんだからさ」
え? え? ちょっと待って? サーフィンやってるとキスの練習とかするの?
「そんなに驚くことか?」
瑛くんが不思議そうにわたしを見る。
わ、わたしが知らないだけなのかな…?
でも、こんなに当たり前に言うってことは、それって、普通なことなんだ…。
「サーフィン、やったことないし…」
「覚えておくと、いざというとき役に立つぞ」
「え…? そう、なの?」
いざって言うとき…、その瞬間に備えて、かぁ…。確かにタイミングとか分からないし、緊張しすぎてヘンな顔をしてしまうかもしれない。けど…。
「おまえにも教えてやろうか?」
「えっ?」
突然そう言われて、頬が熱くなる。
そ、そんなに簡単なことなのかな…? キスって。
「本もあるし、分からないところは俺が指導してもいいし」
「う、ん…、少し、考えていい?」
さすがに即答できなくて、ちょっと俯く。キスの練習って、友達同士でするものなのかな…? で、でででもっ、それが普通なら、練習しておいた方がいいのかな…?
「ああ、俺はいつでも構わないから。じゃあ、またな」
「あ、うん。お仕事頑張って」
家まで送ってくれたあと、帰っていく瑛くんの後ろ姿に手を振る。
部屋に戻ってからも瑛くんに言われたことが頭から離れなくて、キスのことを考えてしまう。
「うーん……」
「あかり? 帰ってるの? お風呂に入っちゃいなさい」
「あ、はーい」
着替えを持ってお風呂に入って、湯船に浸かりながら、また考える。
「練習…かぁ…」
他のみんなはどうしてるのかな?
はるひとかに聞いてみようか…? でも、普通の事だったら恥ずかしいし。
それとも瑛くんにとって普通で他の人にとっては普通じゃないのかな…?
「…ハッ、ということは、瑛くんはもうキスしたことあるってことだよね…? だけど、練習ならって言ってたから、まだ本番はしてないってこと…?」
練習と本番の違いってなんだろう? そういえば、本もあるって言ってたよね…。瑛くん勉強家だ。わたしもまずは本から読んで練習に踏み切るといいのかな…?
いくら、うーん、と頭を捻っても分からないことばかりで。なんだか心の中がもやもやする。こんな風に考えていても答えは出ないんだから、それならいっそ瑛くんに教えてもらうのが一番いいのかな…?
練習でしたことあるのなら、きっと気にしないよね?
そういう結論に達して、少しだけすっきりした気分でお風呂を出た。
夕飯を終えて、時間を見計らって瑛くんに電話をかける。
『はい。つーか、なんだよ』
「瑛くん? お仕事終わった?」
『ああ、さっきな。で? 用件は?』
いつも通りの瑛くんの声。なのに、なんだか緊張してしまって、すぅ、と息を吸い込んだ。
「え、えっと、ね…? 今度の日曜日にさっき言ってた練習の相手になってほしいんだけど…」
『練習?』
怪訝そうな声に、ドキドキしながら、答える。
「ほ、ほら…サーフィンやってる人は練習するんでしょ?」
『ああ、あれか…、まあ、いいけど。じゃあ、家にくるか?』
「え…いいの?」
『ああ、構わない。それに、その方が都合いいだろ?』
確かに…、瑛くんの家なら誰にも見られないし、そんな練習を外でなんてできるはずもない。
「う、うん、分かった。じゃあ、日曜日、宜しくね?」
『ああ、じゃ』
通話が切れて、ほっと息を吐く。キスをするのに練習と本番とどう違うのかも聞いてみようかなぁ?
練習は数に数えないのかな…?
ちょっと緊張するけど瑛くんは慣れているみたいだし、快諾してくれたから、ちゃんと教えてくれるよね。
そんなことを考えながら、一週間の授業の用意をして、眠りについた。
キスの練習をすると決めたその週、なぜか、ファーストキスをしたとかそういう話が耳に入ってきてドキドキする。
「えっ!? ほ、ほんとに?」
「ほんまや、A組のあの子、彼氏と遂にキスしたんやて! 付き合い始めて、もう半年やもんなー」
情報通のはるひは、そういうのに敏感で、よくこの手の話をしているような気がしたけれど、あまりちゃんと聞いていなかったかもしれない。
「そ、そう、なんだ? 上手にできたのかな…?」
「それがな? 相手も慣れとらんかったらしくて、歯がぶつかって苦笑いもんやったって…。練習みたいにうまくはいかんもんやなー…って」
「れ、練習…」
その言葉に、どきん、と心臓が跳ねた。やっぱり練習とかするんだ。みんな、誰を相手にしてるんだろう…?
「まあ、動くもんと、動かない人形やぬいぐるみじゃ練習にもならんっちゅーことやな」
なかなか難しいものなんだ…。歯が当たるって痛そうだな……。でも、やっぱり緊張するし、失敗しても…いいの、かな?
「……あかり?」
で、でも! きっと練習すれば上手にできるようになるよね? …なんか、不安だけど。
「あかり〜? なあ、聞いとるか? …あかん、どっかトリップしとるわ」
わたしもいつか、大好きな人と素敵なファーストキスができるかな…?
「あかり! 昼休み終わるで〜」
「えっ?」
ハッとすると、みんなの視線が集まっていて、なぜか頬が熱くなる。
「あら、あかりさん、どうかしたの?」
「ううんっ、なんでもない。わあっ、もうこんな時間だ」
慌てて、お弁当を食べて、お昼休みを終えた。
そんな調子で、一週間はあっという間に過ぎ去って、約束の日曜日が来た。
※2014.11.3 ラヴコレクションにて発行予定
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