All Season (サンプル)


※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)


外はいいお天気で、季節も春めいてきた。
そういえば、はばたきネットに森林公園の桜が見ごろだと書いてあった気がする。

「桜……」

脳裏に浮かんだのは、入学式の桜。あれから、三年…、つい先日、わたしは高校を卒業した。別れの季節。声をあげて泣いた、卒業式。ふいに思い立って、服を着替える。流行の色はピンク。ラッキーアイテムはチョーカー。

高校生の頃は、毎週のように姫子先輩のブログを読んで、服やアクセサリーを決めて、おしゃれをして街に出かけていた。今もまだ、その癖は抜けていない。

「あら? 出かけるの?」
「うん。せっかくいいお天気だから散歩してくる」

お母さんに見られないように、首元のチョーカーを手で隠したのは無意識だったけど、これをつけるのは三回目、だ。

一度目はプレゼントされてすぐのデートの時、二度目は、クリスマスパーティ。

三度目は……、今日。

その中で、瑛くんにきちんと見てもらったのが、たった一回だけだったと、切ない気持ちになる。あまりに綺麗で、もったいなくて、つけていなかったことを少し後悔した。

一歩外に出ると心地いい風が吹いていた。寒くはない。もう、寒い季節は終わりを迎えた。顔を上げてゆっくりと歩き出す。目的地は、森林公園の桜だ。今年もきっと、綺麗に咲いている。

昨年は瑛くんが隣にいた。ううん、なにかイベントがある度に、いつも瑛くんを誘って出かけていた。

今は、隣に誰もいない。

ひとり歩いて、森林公園へと足を踏み入れた。
桜は、満開だった。平日ということもあって、人もまだ少ない方で。ゆっくりと桜並木を歩いて、途中で、桜の木を縫うように奥へと進んだ。

「……今年も、来ちゃった」

瑛くんとみつけた、穴場。分かりづらいけれど、ほんの少しのスペースが広がっていて、誰も来ないからのんびりできた。思えば、瑛くんはこういう場所を見つけるのが得意だったかもしれない。高校生の頃に教えてもらった茂みの奥も瑛くんがみつけた穴場だった。

無意識に瑛くんのことを考えながら、芝生の上に座ると、上から桜の花びらが降り注いでくる。
ころりと仰向けになると青い空にピンクの花が映えて、そこから落ちてくる桜の花びらが幻想的で…、まるで、ひとりこの世界から切り離されたような気持ちになった。

たくさんの花びらが目の前を舞って、思い出した大好きな人の笑顔が、桜の花びらに紛れて消えていく。

「瑛くん――」

呟いた声は、あなたには届かない―――。

ふわり、ふわり、と花びらが舞う。

踊るように、誘うように。





ざぁっ…と、白い視界にピンクの花びらが舞った。

「うわっ、すごい風」

ふわふわと舞い降りてくるのは、桜の花びらで、足元にはピンクの絨毯が続いている。真新しい制服に身を包んで、散歩に出て、近くの小さな公園に向かう。

ここは、もう何度か通ったけど、一本だけ桜があって、その桜が風に揺れていた。

「大きな桜だなぁ…」

これ一本でもすごく見事だ。朝早く目が覚めてしまった入学式。引っ越してきたばかりだしと、散歩に出た。さすがにまだちょっと朝は寒いからスプリングコートを着ているけど、コートの下は、今日から通う羽ヶ崎学園の制服を着こんでいる。

今日からわたしも高校生。いいことありそう。

ふわり、ふわりと舞う桜に足取りも軽く、もう少し遠くに行ってみることにした。

「わ…、海だ……」

キラキラと輝く海に、遠くに見える灯台。

「綺麗…、素敵な場所だなぁ」

海を見つめながら、灯台の方に向かって歩く。サクサクと砂を踏む感触に、波の音が、胸の奥に楽しげに響いた。引っ越してきたばかりで、最初にこんなに素敵な場所を見つけられるなんて、やっぱりいいことあるか…も……。

びゅう、と吹いた海風に髪が舞いあがる。一瞬目を瞑って、開いた視線の先に、窓から外を眺める男の人が目に入った。

その光景に、目が奪われる。

ゆっくりと時間が流れるような感覚。遠く、海を眺めるその人の横顔があまりに綺麗で…、なぜか、懐かしいような不思議な感覚が込み上げて来て胸がぎゅうっと締まった。

目を離したくなかったけれど、彼の顔が微かに動いて、こちらを向きそうな気配があった時、少し怖くなって、見つからないようにそっとその場を離れた。

心臓がドキドキと早鐘を打っている。

見つからなかった…よね?

振り向いたところであの人の姿はもう見えなかったけれど、どうして、逃げ出したのかは自分でも分からないまま。

そろそろ帰ろう、とひとつため息を落として、家の方へ続く道を歩き出した。はず、だった。

あれ…? 確か、こっち…、だった、よね?

「あ、あれ…?」

また、この海岸。なんだか抜け出せない迷路に嵌ってしまったかのように、どの道を行ってもこの海に戻ってきてしまう。どうしよう…。迷っている時間なんてないのに。

見上げた先にはさっきの喫茶店。人が住んでいることは確認済み。どうしよう? お店の人に聞いてみる?

だけど…、やっぱりお店の扉をノックする勇気が出ない。変な風に緊張してしまって、どうしていいか分からなくて立ち尽くしていると、カランという鐘の音が聞こえて顔をあげた。

「……げ」
「?」

お店の制服を着た男の人が、大きな袋を持って扉から出てきたところで、ばちっと目が合ってしまう。一瞬、微妙な表情をしたかと思ったら、すぐに笑顔になる。でも、作り笑い…と言うより、営業スマイルみたいな。

「うちの店に、なにかご用ですか?」

ぼんやりと見つめていて、違和感に気づく。

この人…、さっきの……?

もしかしたらこれからお仕事なのだろうか?

「…あの」
「えっ? あ、す、すみません。道に迷ってしまって…」
「この辺の子じゃないの?」
「え、ええ…、わたし、引っ越してきたばかり…で」
「なんだ」

頷くのを見て、突然トーンが落ちて、笑顔が消える。
その豹変ぶりに目を瞬く。

「ったく、朝から笑うと疲れんだよ」

え? え? なんか、態度がさっきと全然違う…?

「で? なに?」
「あ、え、ええと、道を…、教えてくれると…」
「ああ…、あとで地図書いてやるから、それ見て帰れよ」
「……」

びっくりして、固まっていると、ジロリと睨まれた。

「そこどいて、ゴミ捨て行けないんで」
「あっ、すみません…」

なんだかもう、呆然とするしかなくて、言葉が上手く出てこない。この人はいったいなんなんだろう? これで接客業とかやっていけるの? と余計なことまで心配してしまった。

あんまりな態度に、ビックリしてしまって、却ってなにも言い返せなかったことが、なんだか悔しい。
地図を貰って帰る途中の道で、遅れて小さな怒りが込み上げてきた。地図はとても分かりやすくて、とても助かったけれど、それにしたって…。

「なんなの? あの人! ちょっとカッコいいかもしれないけど、態度悪すぎ」

せっかくこんな素敵な街に来て初めて出会った人があんな人だなんて…。でももう会うこともないよね。あそこに近づかなければいいだけの話だし。

運が悪かったと思って忘れよう。…なんて、思っていたのに。

桜がふわりと木から舞い落ちてくるのを見つめながら、学校の校門までやってくると、正面から来た人が、わたしの顔を見て「げ」と呟いた。

「え?」
「おまえ…、ちょっと来い」
「へっ? な、なに…?」

高校生活初日、いきなり訳の分からない人に拉致されました。なんなの?! もう!

「…おまえ…、高校生だったんだな」
「え? ん。今日から高校一年生だよ。よろしくね? ええっと…。あなたは…」
「…佐伯瑛、同じく一年。名前についての感想はなし」
「うん?」
「それよりっ、おまえ誰にも言うなよ?」
「え? な、なにを?」
「だから…っ、ほら、俺が、その…、店で働いてる、とか…そういう、余計なこと…」

そこでようやく本人像が一致したのだけれど、口には出さないでおいた。

「今朝のこと?」

そうだ。この人だ。あの窓から海を眺めていたのは。

でも、玄関から出てきた人でもある…んだよね? なんであんな格好していたのか…は、あのお店で働いているからってことだよね? 余計なこと…っていう意味は分からないけど。

「とにかく、誰にも言わなければそれでいい」
「分かった。安心して? 誰にも言わないから」

そもそも言いふらす相手もいないし。
初対面の相手を拉致するくらい、守らなくちゃいけない秘密なんだって、なんとなく分かったから。

「ならよし。じゃ、そういうことで」

そういうと佐伯くんと名乗ったその人は、用事は済んだとばかりに、さっさと背を向けた。わたしをひとり校舎裏に残して。まあ、別にいいんだけど。たぶんここなら迷子にはならないと思うし…。そう思った時、ふいに佐伯くんが振り向いた。

桜の花びらが、ひらひらと舞い落ちる中、その姿はとても絵になっているなと思ったのは、内緒だ。

「…なあ、おまえ…」
「ん?」

佐伯くんが少し不思議そうな顔でわたしの顔をまじまじと見る。訳が分からなくて、目を瞬くと、ゆっくり佐伯くんの唇が動いた。

「…なあに? 聞こえない……」

唇を読もうと試みるも、なにを言っているのかさっぱり聞こえない。どうして聞こえないのか分からない。

あれ? なに? これ…?

佐伯くんの声だけじゃない。雑踏の音も、さっきまで聞こえていた生徒の声も、風の音も…なにも、聞こえない。

時間が止まってしまったかのようだったけど、そうじゃない。桜は変わらずに舞い落ちているし、佐伯くんもなにかを言っている。

ふるふると首を振る。なにも、聞こえない。

その時、ふいに、佐伯くんが笑った。哀しそうな、なにかを堪えたような表情で。

――その表情は、知ってる。

びゅうっと冷たい風が心を吹き抜ける。息が詰まって、上手く息ができない。

「…瑛、くん……?」

ほんの少し、顔を伏せた。その仕草を、わたしは覚えている。

だめ、それは、だめ――。
お願い、これ以上、わたしに――――。

『――さよなら』

頭の中に、瑛くんの声が響く。わたしは涙を堪えて必死で首を振る。どうして? どうして? 今日は、あの日じゃないのに。わたしたちは、この日に出会ったのに。

ほら、桜が舞ってるの。桜、が――――……。




※2014.6.29 ラヴコレクションにて発行予定



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