心の痛み Teru Side (サンプル)


※一部抜粋(実際の本では縦書きです/読みやすいように改行入れてます)


思いも、寄らなかったんだ。俺の大切な場所が、無くなってしまうなんて。

突然、告げられた閉店に、俺は耐えられなくて、思い出したあいつの笑顔にさえ、縋れなかった。今頃はきっと、スキー合宿で、志波と楽しんでいるはず。

そう思ったら、やりきれなかった。

顔を見て別れを言うことはできなくて、電話をかけた。

その間に何度か電話をくれていたみたいで、俺からの電話に少しホッとしたような声を出したような気がしたのは、きっと俺の願望。

言いたいことだけ告げて、親友としての最後の言葉を告げる。

『――応援してるから』

もう、二度と会えなくても…。せめて、おまえの幸せを祈る。何か言いたげな気配が伝わってきたけれど、これ以上は無理だと通話を切って電源を落とした。

…これでいい、もう、この街に俺がいる意味は、なにもない。

飛行機に乗って実家に戻った。羽ヶ崎にいた時よりも長く住んでいた、なじみのある場所。俺の部屋だって、出て行った時のまま。なのに落ち着かないのは、波の音が聞こえないからかもしれない。

何もする気は起きなかったけれど、余計なことも考えたくなくて、ただひたすら勉強した。

勉強して…いい大学に入って、大きな会社に就職して…、いつか、俺も誰かと結婚とかするんだろうか?

あいつのことを…忘れられるのだろうか?

……そんな未来は、全く見えてこなかったけれど。

波の音が…聞きたい。こんなにも。

俺は、俺は、俺は俺は――、俺は……。

置いてきてしまった、大切なもの。それでも…もう、俺が羽ヶ崎に戻ることはない。あかりはきっと、志波と幸せになるだろうし、珊瑚礁だって、もうないんだから。
自分にできることは、もう、なにもない。

何を目標にして生きていけばいいのか…もう、分からない。分からないんだ…。

――卒業式当日

人間って、なかなかに諦めの悪い動物だと思った。
未練がましくも、この街に戻って来てしまった。だって、もしもあいつがひとりで泣いていたら――そんなことはあり得ないと分かっているけれど――『親友』として慰めてやらなくちゃならない。

もしも、あかりが泣くのなら、きっと浜辺しかないと思った。いるはずのない姿を探して、羽ヶ崎の海へ向かう。

たったの一ヶ月。
それでも、俺にとっては長い、長い時間だった。

いつからこんなに弱くなったんだろう?

この一ヶ月、考えるのはあいつのことばかりで…。もう、志波の隣で笑っているかもしれないのに…。

飛行機の関係で、到着がだいぶ遅くなってしまった。もう、夕方。卒業式は終わっている。きっと、あかりは志波に告白して、上手くいったのだと思う。それなら、俺は親友として喜んでやらなくちゃならない。

いつだったか、あかりに訊いたことがある。『告白、しないのか?』って。在学中は考えられないって言っていた。『もしも伝えるのなら、卒業式がいいかな』って。それを聞いて、俺がどれだけ安心したのか、あかりは知らない。

思い出に浸りながら、目的の場所に到着した。

オレンジの夕日が海に沈んでいく、羽ヶ崎の海。

その砂浜に佇む人影に、足が止まる。

信じられなかった。何度か目を瞬いて、その姿を見つめる。見間違えるはずもない。ひとりで海を見つめる、後ろ姿。卒業証書を握りしめて、ただ、海を眺めている。

志波に、告白したんじゃないのか?

それともこれから…?

いろいろな思考が一気に流れ込んできて、胸が痛んだ。
もしも、振られたんだったら、慰めてやらなきゃ…。なんて思っていたのに。

「――あかり」

俺の声に驚いて振り向いたあかり、その瞳が見開かれる。
その姿がとても綺麗で、『志波とはどうなった?』とは聞けずに、考えていたこととは違う言葉が口から飛び出していた。もう、これで、最後。

俺の、長かった初恋が終わるだけだ。

それなのに、あかりは、気持ちを告げた俺をまっすぐに見つめて、『わたしも瑛くんが好き』…って、涙を浮かべながら、嬉しそうに笑ったんだ。あかりの笑顔が、綺麗で。そっと手を握って、二人で夕陽を眺めた。

…夢みたいだと思った。

あかりが俺を好きと言って、隣にいてくれる毎日が…本当に、すごく、幸せだったんだ。
あの日から、俺とあかりは順調に交際を続けて、大学の四年間、めいっぱいバイトと勉強をして、社会人を経験して、ようやく、珊瑚礁を再開できる目処がついた。
もちろん、俺だけの力じゃなくて、あかりや、じいちゃんの力が大きいんだけど。

それでも…すごく嬉しかったんだ。

あかりと一緒に珊瑚礁を再開させる。途方もないと思っていた夢が、現実になる。

ずっと傍にいてくれたあかりに、これからも傍にいてほしいとプロポーズした。夕陽のオレンジを浴びたあかりが、「はい」と嬉しそうに微笑んで、ギュッと俺を抱きしめてくれたあの日のことを、俺は、忘れない。

『――これからも、宜しくお願いします』

顔を上げたあかりの目は潤んでて、愛しさがこみあげて、キスをした。余計なお金はあまりなかったから、指輪にお金はかけられなかったけど、一応、婚約指輪を贈った。
高いものじゃなかったけれど、あかりはものすごく喜んでくれた。青い小さな石が入ったシンプルな細い銀色が、あかりの薬指を彩る。

『へへ、これで瑛くんといつも一緒だね!』

なんて、可愛いことを言って、その日はずっとはしゃいでいた。…こんな日々が変わらずに、ずっと続くと思っていたんだ。

あかりと結婚して、珊瑚礁を再開させて、怖いほどに順調で、それが…いきなり壊れてしまうだなんて、思ってもいなかった。



※2014.2.23 ラヴコレクションにて発行予定



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