設楽先輩の場合


入学した頃は、こんな風にピアノを弾くなんて、思ってもみなかった。

全ては、アイツと関わってから。いつもならそろそろ来てもおかしくない時間なのに。
まあ、別にアイツを待つためにピアノを弾いている訳じゃない。

ピアノの音に混じって、足音が聞こえてきた。

そっと扉を開けた瞬間、ピアノの音を止めて怒鳴る。

「遅いぞ。なにをやっていた」
「す、すみませんっ、ちょっと、景色がすごくて…」
「景色?」

怪訝そうな顔を向けたけれど、気にする様子もなくニコニコと笑う。

「はいっ、とっても素敵な夕日が撮れました」

その手で持ち上げたのは、カメラだった。

「なんだそれは」
「カメラですよ?」
「そんなことは分かっている。お前はそんなものを持って何をしているんだと聞いてる」
「えっと、写真を撮ってますけど…」

確かに質問には答えている。けど、あまりにもピントがずれ過ぎだろう。

「お前は、バカか。写真なんか撮ってどうするんだと聞いてるんだ」
「ああ、そう言う事ですね。ふふっ、やっと欲しかったカメラが手に入って嬉しくて。色々、残しておきたいなと思ってるんです」
「カメラのピントより、お前の頭の中のピントを合わせろ」

全く、それだけの事にこれだけの質問をしないとダメなのかコイツは。

「もうっ、設楽先輩ヒドイです」
「うるさい」
「あ、設楽先輩も一枚撮っていいですか?」

能天気に言う瑠桜の顔をギロリと睨む。

「なんでだ?」
「だって、もうすぐ先輩は卒業しちゃうでしょう?今のうちに、思い出を残しておきたいな…って」
「ふん、下らない」

だいたい写真なんて、面白くもなんともないだろう。

「…くだらなくなんかないですよ」

ほんの少し、怒ったような声が聞こえて瑠桜を見ると、ちょっと哀しそうな瞳で俺を見ていた。

「なんだ?」
「くだらなくなんかないです。だって、今は、今しかないんですよ?時間が経てば、一分前のことも過去です。それを写真は切り取って、思い出へと変えてくれるんです。素敵だと思いませんか?」
「……」

瑠桜の真剣な顔に、憎まれ口のひとつでも叩いてやろうと思ったのに、言葉が出てこない。

「設楽先輩が、この音楽室で、はば学の制服を着て、ピアノを弾くのも、後少しなんですよ?」
「…分かったから泣くな」
「な、泣いてませんっ」
「嘘を吐け。ちょっと泣きそうになっていたくせに」
「ちょっと感傷的になっただけです」

全く、本当にコイツは意地っ張りだな。だから…余計にいじめたくなる。

「で?どうして俺の写真が欲しい?」
「設楽先輩のピアノを弾く姿がカッコいいからです!」
「絶対撮らせない」
「ええ〜、どうしてですか?」

なんだその限定されたカッコよさは。なんだか納得がいかない。
なのに、それにも気づかない瑠桜が不思議そうに首を傾げているのにも腹が立つ。

「うるさい」
「拗ねないでください。わたし、ちゃんと綺麗な写真撮りますから」
「は?!誰が拗ねてるんだ」
「…どうしても嫌なら撮るのは諦めますけど…ダメ、ですか?」

じっと懇願するように俺を見つめる。

「…そこまで言うら、撮らせてやる」

どうにもコイツの目には弱い。だけど、予想通りぱあっと顔を輝かせた。

「もちろんですっ」

自信満々に言っただけあって、瑠桜が撮った写真は悪くなかった。

「…俺の専属カメラマンをやるか?」
「ええっ、無理ですよ」

笑って拒否されたが、そんな未来があっても悪くない。

「俺の専属だぞ、有難く思え」
「丁重に辞退します」

手を伸ばしたなら、おまえに届くのだろうか。

…いや、いつか捕まえてやる。




※言い訳タイム→撮影場所、音楽室。設楽先輩はもうこれ以外にないかなぁ?わたしの中では。相変わらず難しかったです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。



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