黙ったわたしに、瑛くんがポツリと呟いた。
「…おまえずるいんだよ」
「え?」
もうすぐ着く、瑛くんのアパート。わたしを軽々と抱えあげたまま階段を上る。
「俺に、振られようっていうのが、おかしいだろ。つーか、別れたいならハッキリ言えよ。別れたいって」
「‥だって、そうでしょ?」
「は?俺がおまえを振るってのか?」
「‥‥‥話、聞いてくれないの瑛くんだよ?」
さっき、最後に言ったセリフを思い出した。
でも、言ったことは間違ってないと思う。たぶん。
「ウルサイ。聞いたんだ。大学のヤツに、おまえが男と会ってるって」
「へ?なに?それ」
今日のお昼に会った時に、瑛くんがあんな態度だったの‥って‥。
「アイツが、そんなことするわけないって、言った。そうしたら、証拠もあるとかいって、写メ見せられた‥。少し遠かったけど、写ってたのは…男の頭と、おまえの笑顔」
そこまで言うと、わたしを抱えたまま器用に玄関の鍵を開けた瑛くんが、部屋に入った。
「あ、あの、それ‥は?」
確かに、その話には心当たりがある。
「俺がおまえを見間違えるわけないだろ?それに、おまえの顔」
「‥顔?」
たぶん、それは初めて葉月さんと会った時のことだと思う。先輩がトイレに立って、わたし、間がもたなくてずっと瑛くんの話をしてたんじゃなかったかな?
「‥笑ってた‥。嬉しそうに、幸せそうに‥」
わたしに聞こえるとは思ってなかったと思うけど、距離が近いから、その言葉が聞こえた。瑛くんの話をしてたから、だと思うと、少し恥ずかしくなった。
「ここ最近、態度もおかしかったし‥おまえが何か隠していることは分かった。だから、問いただそうと、店の前で待ってた。‥けど、おまえ、全然出てこないし‥そうしてるうちに、あの人が店に入っていくのが見えた」
「葉月さん‥?」
瑛くんが頷きながら、お風呂場に入ってゆっくりとわたしを下ろす。
お風呂の淵に腰掛けるように座らされて、少し驚く。
「え?な‥なんでお風呂場?」
「足、洗わないと黴菌入るだろ」
平然とした表情でそう言ってシャワーを出した。痛いけど、冷たい水が気持ちいい。荷物を抱えたままのわたしは、ボケっと瑛くんが洗ってくれる足を見ていた。
‥どうして、わたしはこんなところにいて、こんな風に瑛くんと話しているんだろう?
疑問に思いながら、されるがままになっていた。
タオルで丁寧に足を拭いてくれている、瑛くんの頭を見ながら訊いてみる。
「どうして‥わたしをここに連れてきたの?」
「ウルサイ。ちょっと黙れ」
そう言うと、またわたしを抱きあげた。
「きゃ」
お風呂場からリビングへ、今度は瑛くんの部屋のベッドに降ろされる。
「あ、あの‥?」
「だから黙ってろって」
さっきからずーっと不機嫌なままの瑛くん。
動こうとすると睨まれるから、大人しくしておくことにした。
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