私という男をそう簡単に信じてはいけないよ?(帯刀×ゆき)
「本当、警戒心の欠片もない姫君だよね」

思わず呟いた小松の前で、くうくうと軽い寝息を立てている少女が一人。
しどけなく眠る様はさながら異国の御伽噺にでも出てきそうな風である。
余程に疲れていたのだろう、こんなにも華奢な身体で神子としての力を揮うには、それなりに消耗もするはずだ。
しかし、だからといって男の、しかも少女に思慕の念を持っている者に対して、どうしてこうも無防備であれるのか。
小松にはその辺りが理解出来ない。

「ゆきくん、ねえ…君、本当につれない子だね。私を差し置いて眠っただけではなく、こんなにも胸を掻き乱してくれるだなんて」

起こさないように細心の注意を払って傍に腰を落ち着けると、ゆきはむずがるように一度ううんと鼻から抜けるような声を出し、そしてすうっと夢の中へと戻っていった。
どこの姫君も小松の前でこんな風に眠ることなどない。
寧ろ、どうにかして小松を落とそうと必死に媚を売る者ばかりだ。

確かにここまで振り回されるのは新鮮ではある。
それが面白かったというのは否定出来ない。
そんなゆきの心を遊び半分で己に向けようとあれこれと構っているうちに、気付いたときには小松の方がゆきに落ちてしまっていたのだ。

あの薩摩藩家老の、小松帯刀が。
何も持たず、ただ身を削ることしか出来ない少女に。
酷く心を惹き付けられ、離れがたく感じるほどに。

ただ、そう思っているのは小松だけで、ゆきの方は変わらず小松に対してつれないまま。
少しずつ歩み寄っては来ているものの、小松を男として意識をしている様子は全くない。
ここまでくれば最早忍耐を試されているのではないかとすら思えてきて、小松はそうっとゆきの頬を撫でた。

少しくらいは焦るところを見てみたいではないか。
頬の産毛を指の背でじっくりと味わうと、そのまま指を唇へと滑らせる。
ふっくらとした柔らかな唇をつんと人差し指の腹で押せば確かな弾力が伝わってきた。
寝ている間にこの唇を存分に貪ったら、ゆきはどうするのだろう。
何度も吸って甘く噛んで、たっぷりと可愛がってあげたら、ゆきは。

「それくらいはしても許されると思わない?ねえ、ゆきくん」

そっと身を屈めて唇を寄せる。
小松がしようとしていることなど全く気付かずに、ゆきは眠ったままだ。

「……私の前で気を許しすぎた君が悪いのだから、ね……」

重なる熱はどこまでも甘く、蕩けんばかりで。
どんな花とこうしても感じたことのなかった陶酔に思わず浸りそうになる。
瑞々しく、だがまだ青い果実を傷つけないように噛めば、花びらが解けるようにふわりと開いて小松を誘い込もうとしていた。
舌を差し入れればきっと目覚めてしまうだろう。
それでも構わないと小松はゆきの口腔にぬる、と無遠慮に侵入した。
そっと舌を探し出し、絡め取る。
反射的に顔を背けようとするゆきの顎を手で押さえ、尚も深く貪った。
何も知らない少女を穢す仄暗い悦び。
その反面胸を占める、独り善がりの恋の、情けない成れの果てに小松は唇を離す。
名残を惜しんだ舌先からは銀の糸が繋がり、ふつりと切れた。

「ん、……?」

睫毛が震え、青い瞳が小松を映し出す。
顔を覗き込んだままの小松との距離は近いにも関わらず、ゆきはふんわりと微笑むと何が起こっていたのかも知らずに「小松さん」と寝惚けた声で小松を呼んだ。

「起こしてしまった?」

起きるだろうと分かっていて口付けておきながら、小松も澄ました顔で笑う。

「……あの、ごめんなさい。私、寝てしまってたんですね」
「構わないよ。出来ることなら今のように午睡ではなく、夜に私の寝所で眠って欲しいものだけど」
「小松さんのお布団でですか?私がお布団を借りてしまったら、小松さんの寝る場所がなくなってしまいます」

含めた意味に気付かず首を傾げたゆきは、横たえていた身体を起こして幼い仕草で目を擦った。
次いで、不思議そうに唇に触れる。
まだ僅かに唾液で濡れているのは、たった今まで寝ていたゆきにとっては不思議極まりないことかもしれない。
小松は思わず目を細めた。

「……?」

先ほど触れた唇の感触を思い出し、小松も同じように唇を撫でる。

「どうしたの、ゆきくん」
「何だか、変な感じがして……」
「そう。どんな感じなの?」
「ええと……唇が、火照っているみたいな……さっきまで、何かが触れてたみたいに……」

桜色の爪の先に、一層赤く火照る甘やかな唇。
吊り上がる己のそれと触れたのだと、いっそ告げてしまえばゆきは意識するだろうか。

「―――まるで口付けでもしたかのようだね」

くすくすと笑いながらそう言うと、え、とゆきの表情が固まって。
じわ、と目尻が赤くなり、徐々に頬や首までもを染めていった。

「こ、小松さんっ……」
「おや、そんな夢でも見ていたの?私は経験上そうみたいだと言っただけなのだけど」
「……っ、そ、うですよね……」

本当に夢を見ていたのだろうか。
そうであればいいと、浮き立つ心で小松は思う。

「ねえ、ゆきくん。これで分かったでしょ。……私という男をそう簡単に信じてはいけないよ?」

最後にそっと耳元で囁いた言葉は、ゆきの心に何を残すだろう。
熱を持った耳殻に、小松は偶然を装って唇を掠めさせた。


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「私という男をそう簡単に信じてはいけないよ?」
京にいるときの片思いご家老、ということだったので、こうなりました。
シャニレヴァは受け付けていなかったので第二候補のこまゆきの方で。
リクしてくださった方のイメージでちょっとえろすっぽくしています。


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