マユズミさんより/また明日




また明日

 

 

 

 

 

 いつものように朝の挨拶を交わして目覚める一日。

 家族と挨拶を交わして皆で朝食を済ませて色々とやっている内に、気付けば太陽が頭上を通過している。

 やってきた午後の学習時間も、ルークには退屈で仕方がない。

 

「アッシュー、遊ぼうよー?」

「……お前、今は勉強の時間って分かってて言ってるんだろ」

「だって、教え方ヘタでつまんねーし。預言撤廃なんて耳にタコだし」

「それもそうだな」

 

 後ろに控えていた家庭教師が目元を覆い、涙混じりの声を抑えながら退室したのを二人は見送った。これで家庭教師が自主的に辞めていくのは何人目だろう。

 代わりにコンコンコンと軽やかなノックをして、二人より少し年齢が上の少年が現れた。

 

「お坊ちゃま方、お勉強が中断してしまったようですし、お茶にしましょうか?」

「やたー! ガイさんきゅー!」

「ガイ、お前……ルークを甘やかすな」

 

 使用人のガイは苦笑するだけで二人を外へと誘った。

 

「おわー! ケーキがこんなにたっくさんー!!」

「いつもこれくらいあるだろう」

 

 中庭に置かれたテーブルには三段ケーキスタンドに小さなケーキとサンドイッチがずらりと、どれもこれもファブレ家お抱えの一流シェフが作ったルークとアッシュの大好きな物ばかり。

 あまりにもタイミング良く準備されているが、同じ事が何度も繰り返される日常の中ではこのタイミングで家庭教師が泣いて逃げ出すのを予測するのも簡単だろう。新しい家庭教師が来てからルークが飽きて不平を零すのも、家庭教師が逃げ出すのも、いつも大して変わらない。

 

「さあお坊ちゃま方お座り下さい、今日はルーク様の好きなエンゲーブ産アップルを使用したアップルティーですよ」

 

 湯気を立ち上らせて芳醇な香りのアップルティーが注がれる。琥珀色のアップルティーを見て、ルークの頬が緩む。

 

「さっきまでは勉強がつまらなくてあんなに元気がなかったのに」

「だってつまらないものはつまらないし! しかも預言撤廃なんて父上から直接聞いて知ってるっつーの。ファブレを馬鹿にしてるとしか思えなかったな」

「まぁ、そうかもな」

 
 今日の授業は二千年も前に詠まれた預言が撤廃された時の内容であった。預言は歩む為の指針でしかないとして、二国間で平和条約が制定された際に撤廃された。二人の父が奔走して撤廃にこぎつけたのだ、家庭教師に聞くよりも良く知っている。

 

「それにアッシュが教えてくれる方が楽しい! アッシュは勉強家だから色々知ってるし、でもなんでそんなに色々知ってんだ?」

 

 純粋な興味を向けられたアッシュは目を伏せて、ややあってから呟いた。

 

「――勉強してるからな」

「本にのってない事とか知ってんじゃん」

「それは、人に聞いたりしてるからだ」

「誰に聞いてんだよー? だいたい俺と一緒にいんのにー」

「以前、いたんだ、教えてくれた奴が」

「前か……なら俺には分かんないよな」

 

 ルークは、生まれてから十歳になるまでは身体が弱くて療養していたアッシュの弟、不慮の事故により記憶喪失となり、心配したアッシュが共に過ごしたいと両親に願い、公爵家に戻ってきたと言う事になっている。周囲の人間もルークが自分の生まれをそう認識していると思っているらしい。

 だが真実は異なる。全てを知るアッシュが包み隠さずにルークに教えており、自分がレプリカだと知っている。但しこの真実は二人が共有するだけの内緒の話としてアッシュは話している。だからルークは対外的には両親が話した記憶喪失の弟を演じている。

 

「ガイは知ってる?」

「いえ、存じません」

「ガイも知らないのかー……じゃあさ、アッシュがその相手の話してたとか」

「いえ、お聞きしてないですね」

「じゃあじゃあ!」

 

 ルークが意地悪に質問を投げ掛け続けてガイが困っている間、アッシュは琥珀色の水面をじっと見続けていた。

 

 

 

 

 

 カンッカンッと二人の振るう木刀が音を奏でる。いつもの稽古だわとメイドが窓から二人を微笑ましく見ては通り過ぎていく。

 午後のお茶を楽しんだ後は剣を振るうのが日課だ。食べた分だけ動く、ルークの口癖である。

 貴族だが意外にもルークは剣術が趣味で、国軍元帥を務める父の演習を見てはカッコイイと言っている、その影響もあるのかも知れない(だが実地訓練にも絶対に出さぬぞと父には釘を刺されている)。

 
「うん、大分動きが良くなった、やはりお前は剣が好きらしい」

「アッシュの教えが上手いんだよ!」

 

 癖のあるルークに一言アッシュが添えるだけで、ルークは忠実にそれをこなして体得する。型通りのアッシュの剣とは違い、脚での攻撃も含むルークの型。そんな脚癖の悪さは何処で覚えたんだとアッシュが嘆息しても、ルークは自然と出るから知らねぇと笑うだけ。

 

「休憩するか」

 

 部屋の前に用意されたタオルで汗を拭い、一息吐く。動き足りないルークは暫く渋っていたが、どうにも休憩モードになってしまったアッシュを見、諦めて木刀を置いた。

 

「新しい先生はいつ来るんだろう」

「父上の厳しい面接に受かる方はなかなかいないらしい」

「そっか……アッシュを教えてた師匠が今も元気なら良かったのにな」

「……そうだな」

 

 アッシュの師であったヴァンは、雪山での任務中、事故にて殉職していた。彼程の男が亡くなったのは、当時ローレライ教団と各国首脳陣に衝撃が走った。勿論、ヴァンが従事していたファブレ家も例外では無い。アッシュは悲しんだが、ルークが居るから強くあらねばと泣いたりはしなかった。

 

「優しくて強い師匠だった。本当に、残念でならない」

「そっか……アッシュは、師匠が好きだったんだな」

 

 ルークの問いに直ぐ答えられなかった。ファブレに近付いて来る者は皆、私欲を肥やす為に取り入ろうとする者ばかりだと思っていた。剣の師であったヴァンの事も同様に思っていた、だからルークのように純粋な気持ちで好きか嫌いかで人を判断した事は無い。

 

「尊敬は、していたな」

 

 だがそれ以上はどうなのだろうかとの含みを持つ声音に、もうこれ以上この話をするべきでは無いだろうとルークは感じた。

 

「じゃあ新しい師匠が見つかるまで、アッシュせんせー、よろしくお願いします!」

 

 わざとらしく敬礼なんてして戯けるルーク。

 目を丸くしてアッシュは無邪気に笑うルークを見、毒気を抜かれたように肩の力を抜いて苦笑する。使用していたタオルを綺麗に畳み置いて木刀を手にした。

 
「なら手加減はしなくて良いみたいだな」

「なんでそうなんの?! ちょっとは手加減してくれよ!?」

「せんせーとして甘くは出来ないだろ?」

「うわーん! アッシュがイジメルー!」

「甘ったれた事言ってんじゃねぇ!」

 

 目の前に木刀を向けるのは危ないのでやめて下さいせんせーと慌てて逃げるルークをアッシュが追い掛ける。

 二人は暫くの間中庭をぐるぐる駆け回り、城から戻ってきた父に怒られてしまった。

 

 

 

 

 

「私も見ましたけれど、仲が良くて宜しいではありませんか」

 

 夕食後の家族団欒にて母は擁護してくれた。しかし父は厳しくきっぱりと言い切ってしまう。

 

「仲が良いのは良い。しかし稽古中に遊んではいかん」

「稽古中じゃなくて」

「なら何故木刀を持っていたのか、説明をしてくれるんだなルークよ」

「ええーと……あれはですね」

「ルークが説明出来ないならアッシュでも良いのだぞ」

「すみませんでした……」

 

 アッシュが素直に謝ると父は笑う。頭ごなしに怒っていた訳では無い、遊ぶなとも言っていない。剣に厳しい父だからこそ、遊びでやってはいけないといつも言っている。

 

「遊ぶなら、稽古が終わってからにしなさい」

「はーい」

「ルーク、お返事は短く」

「はい、母上」

 

 和やかな談笑、優しい両親、楽しそうに笑うルーク。心が穏やかに、アッシュも自然と笑みを浮かべる。

 

「あらアッシュ、どうかしたの?」

「いえ、何でもないです」

「親に隠し事とは良くないな」

「弟に隠し事も良くないんだぞ!」

 

 父と弟の目が白状しろと迫ってくる。それには少し笑えて、行儀悪くもアッシュはちょっと吹き出した。

 

「幸せだなと、思いまして」

 

 アッシュの言葉に母も微笑み、家族が仲良くて幸せじゃないなんて、あるわけないだろうと父には笑い飛ばされる。ルークにも、変なアッシュだぁと冷やかされて、和やかなままこの場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

「書き終わったか?」

「終わった」

「じゃあ寝るぞ、早く来い」

「おー」

 

 ルークの日課である日記を書き終わり、ベッドに入ってくるのを待つ。ルークが横になったのを確認して、ランプの明かりを消したアッシュも横になった。

 
「やっぱり、ちょっと狭くなってきたよな」

「俺は別にいいけど?」

 

 兄弟で一つのベッドに入るには、使用している物では少々小さくなってきた。まぁそれでも使えるから良いかとアッシュは目を閉じた。

 

「アッシュ」

 

 自分の方を向くルークに視線をやれば、近い位置から愛おしそうに見られていた。

 

「アッシュといられて、俺も幸せだよ」

 

 頬に唇を寄せられて、体温を感じるくらいに傍に身体を寄せてくる。

 人の温もりは心を落ち着かせてくれる。嫌だった事も、忘れたい事も、今だけは本当に忘れてしまいそうな、そんな気にさせてくれる。

 

「俺もだ、ルーク」

 

 抱き寄せて、同じように頬に唇を寄せた。

 伝えた事は無いが、きっとルークはこうなった全てを知っている。知っていて、今のこの現実を幸せだと言ってくれる。

 アッシュの知るルークは、此処で同じように生きている。

 生きていて、笑いかけてくれている。

 

「おやすみ」

 

 唇を重ねると、照れながらもルークからキスをしてくれる。

 

「おやすみ、また明日な」

 

 また明日と、他愛のない挨拶が嬉しいと思える日が二人にも訪れた。

 会える日常を、得られなかった未来を得た二人は、互いの鼓動を抱いて、静かに眠りに就いた。

 

 

 

END

 

 

 

 

 


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