※企画提出
「ハロー、スピカ」
窓を開けて囁いた。
ひょっこりと窓枠から小さな顔をのぞかせて、ふわりと笑う少女。その背中には、特別なものを持っている。
「ハロー、妖精伯爵」
「伯爵なんてやめてくれ、私はただの時計職人だよ」
そう言って、彼は困ったように笑った。
スピカと呼ばれた少女は、背中の薄い羽根を少し揺らして、窓枠に頬杖をついた。
「でも、みんな伯爵って呼んでるわ」
「勝手に呼ばれてるだけだよ」
「私が、呼んではいけないってこと?」
「いいや。私に『伯爵』なんて称号は、勿体ないってことさ」
蒼白い羽根が朝日に煌めいた。
「伯爵は伯爵よ。私たちみぃんな、あなたが親みたいなものだわ。だから、えっと、け……け…、けいい、を持ってそう呼ぶのよ」
「そんな感謝されることはしていないがね」
柔らかく笑みながらも毎朝の日課をこなす伯爵の手は止まらない。
白髪の増えた横顔は、もう先が長くないことを知っていた。
「伯爵、今日は何を作ってるの?」
「何だと思うかな?」
「まるい、ふたのついた時計かしら?」
可愛らしく首を傾げたスピカの首に、そっと重力に従って金髪が落ちた。
「そうだね、正解だよ、お利口さん」
「二つあるから、ライとレイの時計ね!」
答えを見事当てた妖精は嬉しそうに手を叩く。彼女もよく知る双子の妖精は、そう言えばあと数日で生誕の日だった。
「あの双子はなかなか私に心を許してくれないのだけれど、せめてもの親代わりにね」
「照れているだけよ、あれ」
「そうなのかい?」
「私知ってるわ、本当は伯爵と仲良くなりたいのに、恥ずかしいんですって。みんな知ってることよ」
「ほぅ。では蓋の飾りは、羽根の色になぞって、白銀と漆黒の形の翼にしようか」
「きっと喜ぶわ、絶対よ」
骨張った指は、日に日に体力を衰えさせていった。いつだって側で見てきたから彼女はそれを知っている。
けれど、親である伯爵が、ちっとも弱音なんて吐かないから、彼女が何かを言えた義理じゃないのだ。
ただ彼が居なくなるまで、一番近いところで見ていたいだけ。彼女は常々そう思っている。
「そう言えばね、スピカ」
「なあに、伯爵」
「きみにはこれを」
「……これは?」
花弁が五つ。薄く細かく掘られた小さな華は、彼女が知らない華だった。
首からかける鎖の先に、硝子で覆われた時計がついている。まわりには華とその茎が絡み付いている。
「すごい、こんなのもらっていいの?」
「もちろん。きみの為に作ったんだから。それはね、『Spring Ephemeral』って言うんだ」
「……?」
「きみのことだよ、私の可愛い妖精さん」
部屋の瓶に差してあった薄桃色の花を一本抜き取り、伯爵は金色の髪に差し込んだ。
来年、私が居なくてもまた花みたいに笑って