私は暗闇の密室に閉じ込められている。それは悪意があってされたものではないのだけれど、酷く困ったもので、上の蓋を両腕で押し出そうともビクともせず、左右と下部はぶ厚い金属で溶接されていて明らかに動かない。そんな密室の中で私は一人横たわっていた。何のことはない。両親が、私が死んだと思って、手厚く土葬してくれたのだ。そう、ここは棺桶の中である。私は至って冷静にこの暗闇の中でどうにもならないもんなんだなあとどこか他人事のように考えていた。おそらく、一週間もすれば脱水症状であの世征きが確定している。だたなにせ棺桶の中なので、時間がどれほど経っているのか、また私が目覚めたのは、葬られてどれほど経ったのか、おおよその見当もつかない。このまま死ぬのは明白だが、私は大の虫嫌いで生きたまま蝕まれるのは、ちょっと勘弁願いたいなあ、と狭い空間の中で寝返り(その位のスペースはある)をうって俯せになった。しばらくしてなにやら上部の蓋の外側から声がする。一瞬、誰かが掘り出しに来てくれたのかと、淡い希望を持ったが、いつまで待っても土を掘る音も、光が差し込む気配がない。ただの幻聴かとがっかりしていると。<もしもし>と呼びかける声がする。老紳士のような落ち着きのあるしわがれた声だ。私が返事をすると、外はざわざわと複数の話す声がする。幻聴にしてははっきりしている。まあ、幻聴なんて聞こえたことが無かったから聞き分けることなんてできないのだけれど。また話しかけられたら、返事がしやすいように寝返りを再度うって仰向けになった。
<可哀想に、このお嬢さん生きてらっしゃるまま埋められちまったんだねぇ>
最初に声をかけてきた老紳士の声だ。
<生きたお嬢さんをそのままいただくっていうのもきのどくですなぁ>
続いて別のトーンの声が聞こえる。先ほどの老紳士よりは少し若めの声だ。誰かいるの?と私も問いかけてみることにした。幻聴がとしても、くたばるまでの暇つぶしにはなりそうだったからである。
<ああ、失礼。名乗るのをすっかり忘れていたねぇ。我々は死人を貪る・・・まあ虫と人間は呼んでいる存在だよ。種類までは人間さんの方が勝手に色々付けているみたいだから、わしの知る限りではないのだけどねぇ>
虫もしゃべれるものなのか。普段無口なのは特にこちら側に用事が無い所為だろう。今の状況が昔に読んだ”不思議の国のアリス”の様だとふと思った。
<最近多くなりましてなあ、こういう事故が。我々も最初の頃はそのままいただいていたんだが、どうにも悲鳴はあがるわ、暴れるわでこっちにもリスクが多くてですなぁ。できればお嬢さんがお亡くなりになってから、と思っているんだよ。>
若い方の虫が申し訳なさそうに呟く。五分の虫にも一寸の魂どころか、なんて優しい虫たちなのだろう。少し虫に対しての私の中で考え方が変わってきた。私が埋められてからどれくらい経つか分かる?折角の機会だ、いずれ死ぬのだから最後に会話を楽しむくらい、神様だってお許しになるだろう。
<はっきりした事は言えんが、三回程、月が登ったと思ったよ。我々は夜に活動するからねぇ>
どうやら、語尾に”〜ねぇ”と話すのが老紳士虫の癖で、”〜なぁ”と話すのが若い方の癖のようだ。そんなことを考えながら、二人(?)にまぁ、後4回月が登る頃には私は死んでると思うわ。と話した。
<肝のすわったお嬢さんですなぁ、死ぬのが怖くないのかい?>
だってどうしようもないもの。そうだわ、月が登ったら私に話しかけてみてよ。返事が無かったらくたばってるわ、その時は召し上がって頂戴、味の保証はしかねるけど。私はそう言うとゴロンと右向きに横たわった。何だか眠い。
<じゃあ、そうさせてもらおうかねぇ、なぁお嬢さん。希望を捨てちゃぁいかんよ。もしかしたらご両親が貴方を生きている間に掘り出してくれるかもしれないからねぇ>
<そうだよ、まだまだお若い身空だそう達観なさるな。他の者たちにも伝えておく。気が向いたら何か話しかけてみてくれたまえ誰かしら起きているでしょうからなぁ>
<<では、今晩はこれにて>>
周りが静かになって少し寂しくなる。ふぅと息をはいて、眠りについた。もう途中から眠くてしょうがなかった。


<お嬢さんや><生きてるかい?>
その問いかけに返事は無かった。
<昨晩まで元気でいらしたのに、気の毒ですなぁ、やはり死んだと間違えられる位には何かしらの病にかかっていたのかもしれませんなぁ>
<息をしているかわしが確かめに行くとするかねぇ>
ごそりと黒い虫が棺桶の隙間をぬって中に侵入する。中にはまだ十代前半であろう少女が横たわっている。息はもう完全に止まり、全身も土気色に染まっていた。中に入った虫は一度外に這い出て

《黙祷!》と叫んだ。

少女の本当の葬儀がこれから始まる。
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