幼い頃住んでいた町に、奇妙な工場があった。”あった。”というのは、今はないからという意味で、これから私が話すのは、まだ工場が現役で稼動していた頃、見学に行った時の話である。その工場はキャラメルを作る専門の工場で、工場の周りには甘い香りが漂っていて、そこを通りがかる人々の誰しもが幸福感とほんの少しの空腹感を感じさせてくれる。そんな工場であった。ある春のこと、当時小学生だった私は、社会科見学で、その工場を見させてもらえることになり、私を含め、周りの子供たちは喚起した。人の良さそうな工場長が一通りの挨拶、説明や注意を終え、いよいよ工場内の見学である。私たちは溶かされたキャラメルが正方形に、一粒、一粒、固められ、十二個ずつ、箱に梱包される様をガラス越しに見ていた。最後に案内されたのは梱包されたキャラメルボックスがベルトコンベアーに乗せられ運搬されていく様であった。上下左右複雑に入り組んだベルトコンベアーは他の過程に比べて淡々としたものだったので、皆、足早に横目で見るだけで通り過ぎていく。だが、私だけはそこに強い違和感を覚えた。この回路は何かがおかしい。他の生徒が通り過ぎてゆく中、私だけがじっとそのベルトコンベアーを見ていた。まず上、右、左、下、また上に戻る。ここだ!最初のベルトコンベアーの裏表が逆転していないか?これは見たことがある、確かエッシャーのだまし絵。あれだ。それに気がついた時、工場長に肩を叩かれた。私は何故か悪戯をしてしまって叱られる時のような恐怖心を覚えた。恐る恐る振り向くと、ニコニコと笑う工場長が、ほら、皆に置いて行かれてしまうよ。と私を出口へ促す。何故かその笑顔が異常に恐ろしくて足早にそこから出た。あそこで作っていたのはキャラメルだったのだろうか、本当はあのだまし絵のベルトコンベアーこそが、あの工場の作り上げた製品だったのではないだろうか。今となって気がついた事だが、あの工場が生産していたキャラメルボックスが店頭に並んでいるのを一度も見たことがない。しかしその工場もその後すぐに経営不振がどうとかで潰れてしまった。私の心に残る疑問たちもまた梱包されだまし絵のベルトコンベアーに乗せられどこかへ積みあっがっているのだ。私が潰れる、その日まで。
- ナノ -