また例の猟奇殺人事件ですねぇ、と向かい側に座る一学年下の後輩が呟く。私は名前と顔を覚えるのがひどく苦手なので、彼をスズ君と呼んでいた。彼も私の障害とまではいかない癖を知っていたのでこの件については特に指摘も憤りも感じはしないらしい。スズ君と私は食堂にある壁掛け式の一台のテレビを見ながら昼食が運ばれてくるのを待っていた。確かにテレビのニュースの報道には連日の猟奇殺人の内容が流れている。その事件が猟奇殺人と呼ばれるが由縁の特徴としては、殺された被害者の全員が生きたまま腸を吸われ、ショック死しているということだ。まあ、【吸われ】という表現は少しオーバーであるかもしれないが、何らかの方法で生きたまま腸だけを引きずり出され絶命している点から見て、カニヴァリズムの持ち主の犯行ではないかと巷では噂の的だった。先輩は後何人続くと思います?スズ君がそう訊いてきたので、私は犯人の気が済むまでじゃないか?と返した。犯行は一週間前後毎に起こり、被害者の死体はというと放置されているのは、山中であったり、空き地であったりと、まあ、人通りの少ない場所であるのは確かではあるが、共通して言えるのが、このS市内での犯行ということだ。警察も厳重警戒と、捜査にあったているらしいのだがどうしてなかなか犯人はしっぽを掴ませない。警視庁の大物の息子か親族、もしくは本人の犯行で表沙汰にならないままこの事件は幕を閉じるのではないかと勘ぐっていたところに本日の昼食が運ばれてきた。私もスズ君もお互いに同じものを頼むくせがあるので、私たちに運ばれてきたのは月見うどんだ。スズ君は食欲旺盛な健康な男子で、私がテレビの報道を見ながら割り箸を下手くそに割ってしまって不格好なそれで食べようとした頃にはもう完食していた。いくらなんでも早すぎやしないかい。と私が苦笑すると、最近、お腹が減ってしょうがないんですよぉ。夜食とかも食べてるのに全然足りなくって。と私の月見うどんを見ているものだから、食べたいの?と聞くと、いいんですか!?そう言って私の器と不格好な箸を嬉しそうに受け取り食べ始めた。私はというと、月見うどんのうどんがさっきから人間の腸にしか見えなくなり食欲をなくしていたので丁度よかった。ああ、満足です。夜食食べずに済みそうです。そんなことを言いながらスズ君がお腹をさすっている頃にはテレビの報道も政治問題についての議論に変わっていた。その夜、猟奇殺人は行われなかった。私には犯人に接するにあたってのある対処法が出来た。明日の昼飯もスズ君に何か奢ってやろうと財布の中身を覗いた。ああ、これならかき揚げうどんぐらいなら奢れるな。ピンポーン、部屋のベルがなる、私は、外に出る、スズ君がそこにいる。
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