もう彼の名前を忘れてしまったので、仮にX氏とする。X氏は私の小学生時代の同級生で、抜群に頭のいい生徒であった。教師達へ毎回のように難解な質問をしてはよく苦い顔をされて「X君が将来、証明してくれると助かる」と逃げ道を作られて、彼はいつも落胆していたものである。私には質問の意味も意図も分からなかったし、ただ彼の質問は教師達でも答えられないような専学的内容であったことは明らかだ。何の機会だったか、X氏と私は放課後に二人で掃除を(他の生徒は、習い事やらなんやらでサボって帰っていったため)していたこと、珍しく、もしくは初めて、彼の方から私に話しかけてきた。私は教師達にするような難解な質問をされるのではないかと、ぎゅっと箒を握って身構えた。「僕はいつも、的外れな質問をしているのかな?どの先生だって僕の質問にまともに答えてくれた試しがないんだ。的外れな質問をしているようならとんだ恥さらしだと思わないかい?みんなの貴重な授業の時間を無駄にして僕は質問しているんだから・・・。」授業中の際に見せるような覇気のない声で私に尋ねる。「君の質問が的外れかどうかは浅学な私には分かりかねるけど、一つ、X君の質問に答えられるとするならば、みんな授業中の時間が貴重だなんて思ってもいないさ、君が質問する度に先生がある一定の時間は悩んで答えようとするだろ?その時間を私たちは休息の時間にあてているのさ。私たちは密かにこれをX君の黄金時間と呼んでいるんだよ。気にすることなくこれからも質問するべきだ。教師にだって子供の質問に答える義務がある。」「何だか君は、他の生徒とは違うね。喋り方も、答え方も、まるで学者みたいだ!」「大げさだよ。仮にそうだとしても私の家系は学者を多く生んでいるから、親戚の口調が感染ったんだろうさ。」「よかったらもう一つ僕の質問に答えてくれないかな?質問がまともに返ってくるのは久しぶりなんだ。」「私で良ければ。」私がそう答えるとX氏は少し顔を赤くして羞恥を洗い流すように雑巾の水をバケツに絞った。「僕には意中の相手がいる。それはBさんのことなんだけど。彼女は僕をどう思っているのかな?」「それは私が答えるまでもなく本人に直接質問すべきだ。私ではその質問に答えかねる。」「・・・・。」それが彼と会話した最後だった。彼がその後Bさんとやらに告白したかどうかは定かではないが、一つ気がかりな事があるとすればそれは私自身もイニシアルがBだと言うことだ。
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