聞いているの?と幼馴染みの不機嫌そうな声で、は、と我に返った。背中は暑さのせいではないひやりとした汗でぐっしょりと濡れている。白昼夢でも見ていたんだろうか。今は目の前の彼女と期末試験にむけて自宅で勉強会を開いていた筈だ。ベクトル算について一向に解を見出せそうにない彼女にアドバイスと解き方を教えていた。それがいつしか科目は古典に変わっており、数学の勉強会を閉会した記憶が抜け落ちている。ごめん。ぼーっとしてたみたい。と返せば、幼馴染みはたいし的にした様子もなく、参考書に齧りつきはじめた。なにか、私に聞こうとしたの?と、問えば。他愛もない世間話だから気にしないで、そう言って空になった二つ分のグラスを持ち台所へ去って行ってしまった。私の方は相変わらず何だか胸騒ぎと奇妙な冷や汗で不快感を覚えていた。15時半。その気分を誤魔化すかのように時計に目をやれば短針と長針はそのように示していた。ねえ。台所から彼女の声がする。なに。と振りかえれば赤黒い液体を二つ分グラスに注いだものを持っている彼女がいた。もうこれで最後よ、全部消化したわ。残っているのはこの血液だけ。さっきみたいにぶどうジュースと半々に割ったから飲みやすいわよ。とグラスの片方を私の前に置いた。なるほど冷や汗と胸騒ぎは食べ過ぎと胸焼けであったか。しかし私たちが食べ尽くしたのは一体誰なのだろう。グラスを受け取ろうとした私の右手が無い事に気がついた。10月の事。もう10月の事。だっておやつが無かったから。
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