「我が軍の総兵数は300。」
大佐が何となしに呟かれたのは、もう日付が変わっていた夜更けの事でした。我が軍には5万人以上の兵がいるし、何故、大佐が其の様な事を仰ったのか、私には理解し難かった。大佐の言葉の真意を汲み取れずだんまりを決め込んでいると、大佐は、ははは。と楽しそうに笑って私の方へ体を向き直した、私は軍曹の階級であったが、大分階級の離れた大佐は随分と私を気に入られて可愛がっていただいている。別段、特化した能力や、戦略が立てられる訳ではないし、ただ、淡々と任務をこなしているので、上の人間にとって扱いやすい人物なのかもしれない。
「もしも、の話だよ。我が軍の総兵数が300だったとしよう。君に指揮権があって、二つの戦略方法があるとする、一つ目は、我々が大好きな特攻戦。夜闇に紛れて敵陣に特攻する。失敗して残る兵は総兵数の三分の一だ。もう一つは昼間に行なう遊撃戦。昼間に行う分あちらもこちらも戦いやすい、この作戦で、成功した場合、兵の生存数は100人とする。君だったらどちらの戦略方法を選ぶかね?」
私はほんの数秒考えた後に、昼間の遊撃戦を選択した。
「何故かね、理由を述べてくれないか?」
この戦略の場合どちらを選んだとしても生存数は100人変わりはない。でも私は昼間の遊撃戦を選んだ。
「昼間の遊撃戦でしたら、”私の”生存確率が上がります。」
「根拠は?」
「遊撃と見せかけて、ほとほりがさめるまで雲隠れしてやり過ごしたってばれないではありませんか。」
大佐は私の返答をえらく気に入ったらしく軍帽越しに頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた、撫でられて嬉しい歳はとっくの昔に過ぎてはいたが、大佐とは息子と父親以上に歳の開きがあったので無理は無いのかもしれない。
「俺はね、君のような兵士の方が好ましい。君の事を卑怯者と罵るヤツの方が今は多いだろう、だけどね、最初から死ぬつもりで戦うヤツにろくな兵士がいないよ。俺は、卑怯者だったからこんなにも階級章をいただいてしまった。真面目なヤツはみんな死んだ。一次的に二階級特進なんざあるが、生きている限り、それを超える階級を与えられる確率が遥かに高い。」
そう仰るともともと向いていた戦場の地図のある机上へ向き直った。さて、と万年筆をペロリと舐めてなにやら地図以外の書類に署名を始めてしまったので、私はお邪魔にならないように少し冷めてしまった葛湯を飲んで静かにしていることにする。
「君は、隣国に亡命しなさい。」
渡された書類にはその類の内容が連ねてあり、大佐の署名がたった今、されたところであった。私はそれを黙って受け取って大佐の部屋を後にした。私の亡命が決まり隣国での生活を始めた矢先、大佐が戦死されたとの一報を受ける。夜闇での特攻戦、少数部隊によるものであり、生存兵は100名ほどであったという。ろくでもない大佐です。ろくでもない部下を逃がして戦死なさるのですから。あああ、今は中将でありましたか。私は卑怯者ですから、生き延びて大将にでもなってやりますよ。

本当にろくでもないものなんて私達には何を指すのか分かっていた。
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