小生が戦場へ赴くと知り、我が最愛の妻は自分の嫁入り道具として持ってきた美しい着物の生地を迷いもなく切り取り手製の御守りをこさえた。この着物は婚姻してから一度も袖を通さず、箪笥の中に大事に大事にしまっていたものだ。虫に食われぬようにと、薬草と共に入れていた。お陰で、数十年間変わらずのきらびやかな着物だ。大事な物であろうに。情けないが目頭が熱くなった。妻は、わたくしと思って御持ちくださいと小生にそっと手渡した。この国では不謹慎な心持ちではあるが必ずや妻の元へ戻ると固く誓い、祖国を後にした。戦場は地獄であった。小生の隊は本基地から離れた所を拠点としていた為、満足に物資も届かない状態であった。このままでは無駄死にする。一矢報いる為、今宵、敵陣に奇襲すると軍曹が命じたが誰も反論はしなかった。皆、一刻も速く決着をつけたかった為である。闇夜に紛れ息を殺し身を潜める。妻の持たせた御守りをぐっと握りしめ頃合いを伺う。今だっ!パンッと乾いた銃声。妻の香りが握りしめた御守りから薫った気がした。


やれやれ、伍長、きゃつら奇襲をかけてきましたね。にしてもこの雑兵、防虫剤の臭いがぷんぷんしやがる、臭ぇ。臭ぇ。
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