あ、というひらがなを一画ずつ書いていく度に私は目をさますことができるらしい。もしも書かずに居ればその夢は現実とってそのままの環境で生きていくことになるのだ。の、あと一画残ったが。
朱色の墨がついた筆を男が二人持っている。彼らが半紙にそれを記すのだ。曰わく、私は幸運なことに、あ、を選ぶことができたが、の、つ、といった一画の人間もいるそうである。た、や、ほを選べる人間はきっと人生を謳歌しているのだろうと呟くと、そういった人間は最後の一画を迷いに迷ってそして…その後は聞いていない。怖かった。最後の一画はその時に使ったのである。これから先の未来を私は壊れたブラウン管の中で過ごす。砂まみれの体でへその緒のない赤子のように丸まった。夢を見て覚めて夢を見て覚めて。なんだ幸福な人生ではないか。がたごとがたごと。
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