【天体M】

全くもって原型を留めていないと表現することはきっと間違っているのだと私は思った。
目の前には三日月のように弧を描いて背中を丸めている亡骸、女性であろう。頭部や胴体のあちこちにぼこりと凹みがあり、肉付きのいい手足はあらぬ方向へ折れ曲がっている。それなのに原型を留めているもの。
内臓である。

私の所属する蒼円印は英語のハート(hurt:紋章学に於いての蒼円)、(heart:心臓)をかけたものである。ハート、つまりラプラス深海の中心的組織を目標としている。同様の志を持つ劔会と異なる点。それは武力ではなく、学問方面での中心的な役割をすることにある。石十字からは「狂気の研究員」と罵られることもしばしばあるが、やっていることはどちらも変わりはない。蒼円印での重点研究内容には進化学がある。あまたの生物が繁殖しているここ、ラプラス深海ではもってこいの題材だ。

さて、私は目の前の事態について見当が1mmたりともつかなかった。
女性の死体がなぜここにあるのか。一番不明瞭なことはなぜ潰れているのかである。近場には高所な建造物はないし、彼女をひき潰すような重量のある物が入るスペースもない。
簡潔に述べたほうがいいだろう。

ここは私のアパートの一室なのだ。

呆として私が眺めていると、後ろから同居人の研究員が帰ってきた。一瞬目を丸くしたが、いつも被っているクラゲ型の帽子を玄関のハンガーに吊るすと、上がり框を踏んだ。
「どうにもクラゲボウシは俺にしか似合わないようだチットモ流行りゃしない。ああ、相性がいいと言ったほうがいいもんかな。この刺胞細胞がいい感じにシナプスを結合させるんだ。研究のインスピレーションをもらえるのは有難いことだね」
ところで、と同僚は切り出す。
いよいよ私が目の当たりにしている現状を打破してくれるのだと期待をする。
「朝方、月が東に流れた。多分今日は夜が来ないな。折角の三日月だってのに」
そうか!私は拳を掌で叩く。
三日月は目の前の女性だったのか。
空に戻してやらないと!だが私は満月が好きであるからして、浸透圧の低い液体を浴槽に溜めてドポンと放り込んだ。次の日には三日月はいなくなっていた。内臓が無事で何よりであった。あれがなければ空へ伝うことができないであろうから。夜になりけれども私の期待は外れ、月は半月であった。まぁ、こんな月見酒でも悪くはない。洒落た酒でも買ってこよう。

【蒼円印/月の進化とカグヤヒメについて/参考文献xxxxx】

【蒼円印職員の男、殺人と死体遺棄の疑いあり】
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