【匙の上のピクルス】




劔会とはなんぞや?
劔会とはいかに?
劔会とはまさに。

支配者である。

湧き上がる歓声は水泡となり上へ上へと昇華する魂のようだった。それはあまりに美しい光景。どんな名画を描いた巨匠であろうともそれをキャンバスに閉じこめるなど不可能だろう。私は劔会の設立の場に立ち会えたことを生涯忘れはしない。
我々劔会の面々はラプラス深海を泳ぐだけの海洋生物に非ず。
帆を張り梶をとる船員なり。

冠位十三階は絶対たる秩序を持った階級である。十三を頂点として一を低く持つ。私は腕にそれなりのものがあったため当初から七の位を授かった。母国では縁起の良い吉兆を表す数字だ。左腕にかけられた劔会の腕章には古代ローマ帝国の文字を用いて志とする言の葉が刻まれており、より一層自分が士気を高まるのを感じる。
だが私達はまず、知ることから始めなければならない。ラプラス深海を相手どるにはいくらの戦略が必要なのか全くもって不透明だからである。
第一視察として訪れたのは「鰓乃荘(エラノソウ)」。酸素濃度が他所と比べて高い地域だ。幾重にも赤黒く柔らかな膜が揺らめく姿はどこか胎内を思わせる。改めて深呼吸をすると清々しい気持ちとなり、脳に酸素が染み渡る実感をひしひしと覚えた。辺りには地球上であれば被子植物類であろう生物が根を張っており、色とりどりの花を咲かせていた。美しいが、残念なのはやかましい点である。花の雌しべ部分に拡声器が備わり、そこから「ホホホ」と笑う女性の声が絶えないのだ。それもまた大音量且つ、声色も同じ。これが伽面の攻撃性なのかは不明だが、長時間の滞在には不向きだろうと十の位の人間が判断した。サンプル用にと私は握ったナイフで花弁と茎を切り落とし、パウチの中へと保存する。その際に至っても相手に何の変化も無く、支えを失った個体は波に身を任せながら「ホホホ」と笑っていた。
少しばかり不快に思ったがやり場のない怒りはどうしようもない。遠くに流れていく笑い顔を睨みつけ私達はその場を離れた。

第二、第三視察を終えて本部に戻る道すがら、ちらりとサンプルの状態を確かめようとリュックサックを下ろして荷物を取り出す。

その時である。

パウチが勢いよく破れ、大音量の笑い声が海中の振動を激しくさせた。

衝撃が全身を打つ。

地面に叩きつけられた私は、このやろうとばかりにナイフを振り上げる。

気がつけば笑い声は止んでいた。

笑い声は聞こえなくなった。




ホホホ。

ホホ。

ホ。




【劔会七位/病名:鼓膜外傷性破裂】






←back


- ナノ -