昔、もう十年ぐらい前になるが、私は同僚と南アフリカに赴く事になったことがある。何でも、発展途上国のシェア拡大と支店で働かせる低賃金での人員確保の為であった。日射で肌がヒリヒリと焼けるような痛みと、陳腐な英会話の能力しか持っていない私には日々が地獄のようだった。同僚はというと海外出張には慣れているので次々と取引先との商談を終えホテルへ帰ってくる。経費削減のため同僚とは同室で、大体は何の成果も上げられなかった私が先にホテルに戻り、夜遅くになって、同僚が書類の束を抱えてニコニコと帰ってくるのがいつものおきまりのパターンであった。私がなんの成果を上げられていないことに対して、同僚も会社自体も特に咎めることはなく、なんでも同僚の話では自分の他に海外出張慣れをしてもらう人材を育てるためのある種の研修のようなものであったと後から聞かされた。そういえば。と同僚がスーツを脱ぎラフなTシャツに着替えたところで話を切り出す、私はと言うと、とっくに着替えを終え、籐で編んだソファで転寝していた。シマウマを今日見てきたんだけど、あれは白地に黒い模様なのか黒字に白い模様なのか気になるよねぇ。そう言って冷蔵庫のミネラルウォーターのキャップを開ける。私にとってはどうでもいい話だったが、折角同僚が仕事を終えて世間話をしたくなるぐらいにはくつろいでいるのだ。少し相手をしようと大学で習った事のある薄っぺらい知識を引き出す。確か動物の毛並みは白が優性でその後他の柄が決まると聞いたことがある。だから身体が白くて足が黒い猫や犬はいない。よって白地に黒い模様なのではないかと彼に告げた。彼は、なるほど、なるほどと、ホテルの部屋を行ったり来たりしている。そしてね。同僚がペットボトルの水を飲み干してセカンドテーブルにおくと真剣な顔持ちで話し始めた。その話というのが、非常にシュールな話題で転寝していた身体を起こして彼の話に聞き入った。いやいや、吃驚したんだよ。シマウマは死んだら毛皮が高く売れるらしくて、ああ、もう長くないんだなって分かったそいつは早めに処分して皮を剥ぐんだって、その現場を今日、興味本位で見せてもらったんだ。何かのビジネスのヒントになるかと思ってね。そしたらシマウマの皮を剥いだ瞬間、わー、とザリガニが何匹も生きたまま、あふれ出したんだ。不思議な話だろう?地元の人は慣れた手つきでそのザリガニを捕まえて今晩揚げて食べるんだって言うんだ。肝心のシマウマの肉はひとかけらもなくて、全部ザリガニだったんだ。どういうことなんだろう。私はその奇妙な話を聞きながら、もしそれがザリガニではなくロブスターだったら新しい事業になったかもしれないのに、と言ってまたソファーに転寝した。同僚は笑って、日本でシマウマを育てたら伊勢エビが採れるかなあ、とベットに寝っ転がった。同僚の話が日射病の見せる幻覚か、はたまた真実だったかは分からない、ただ一つ、私は、あの狭いシマウマの体内でよくザリガニ達が共食いをしなかったものだと不思議に思った。シマウマの体内からザリガニが出てきたという事に対して、私は何の疑問も抱かなかった。人の英知や常識など自然を前にしてはただの偏見に過ぎない。だから先程同僚に言ったシマウマの模様だって黒地に白い模様であったとしてもおかしくないのだ。絶対にあり得ないことは絶対にない、それが唯一の絶対だ。大学でそんな熱弁を奮っていた教授を思い出しながら、頬に飛んできた蚊をピシャリと叩いた。中からザリガニは出ては来なかった。
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