黒のカーテンで外光が遮断されたその部屋は、机上に灯された蝋燭の明かりさえも闇の中へ吸収してしまうような、一種の不気味さを感じる部屋だった。本棚にある古びた本たち、壁のレンガの一つ一つでさえ、その不気味さを助長しているように見える。
机に向かう一人の男も、この部屋に良く似合う、黒一色の蝙蝠のような格好をしていた。ねっとりとした黒髪に大きな鉤鼻を持ったその男の名は、セブルス・スネイプ。ホグワーツのDADA教師である彼が、この部屋の主だった。羽根ペンを動かし、手紙を書く彼の眉間には皺が刻み込まれ、見るからに威厳のある、厳しい教師だとわかる。
何にも動じなさそうな男だったが、乾いたペン先をインクに浸したその時、彼の心を揺るがす出来事が起こった。暖炉の火が突然緑色に燃え上がり、6歳くらいの少女が現れたのだ。ふっくらした頬に長い黒髪。彼女の名はジネヴラ・スネイプ。セブルスの娘だった。
彼女はこちらを見るなり、髪をふわりと揺らし嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お父さん!」
突然の出来事に固まっていたセブルスだったが、娘のハグになんとか応え、問いかけた。
「……どうしてここに来た? やり方を教わったのか? 母さんは何も言わなかったのか?」
顔を上げたジネヴラは、いたずらっぽく笑った。
「お母さんは昼寝してるよ、わたしがお父さんに会いたかったから来たの」
「フルーパウダーの使い方を知ってたのか?」
「父さんが帰る時にいっつも見てるもん。わかってるよー」
何言ってるの、というようにジネヴラは応えた。娘の成長に驚きつつ、セブルスは帰りなさいと彼女を諭した。
「私に会いたかったから来たというのは嬉しいが、ここはジネヴラの来るところではない。母さんのところへ帰りなさい」
輝いていた瞳は一気に暗くなり、眉が八の字に歪んだ。
「いやっ、お父さんともっと一緒にいる!」
想像していた反応だったが、無理矢理にでも帰さなければならない。妻も心配しているだろうし、ここはホグワーツ。今のジネヴラが来るべきところではない。もう一度諭そうと口を開きかけた時、コンコンとノックする音がした。娘と共に扉を見る。
「……誰だ?」
「ハッフルパフのアボットです。皆のレポートを届けに来ました」
「少し待て……」
セブルスはジネヴラと向き合い、小声で言った。
「ジネヴラ、帰りなさい。母さんが起きて、ジネヴラがいなかったらどんな気持ちになるか……想像してみなさい」
ジネヴラはむっと唇を尖らせた。
「でも父さんが帰ってくるの、短い間だけなんだもん。しかも大体部屋にこもっちゃうし。わたしはもっとお父さんと一緒にいたいの!」
娘の声がアボットに聞こえてないかひやひやしながらも、セブルスは応えた。
「……わかった。今度からは一緒にいよう、約束する」
「ほんと?」
ジネヴラの目に再び光が灯った。
「絶対だからね!!」
「ああ……」
こう言うことでジネヴラを帰らせることに成功したが、のちにセブルスは自分の発言を後悔することになる。
*
「はい、パパご飯よ」
「…………」
確かに一緒にいると約束はしたが、ままごとに付き合うとは言っていない。差し出された空の器を見て、セブルスは心の中でため息をつき、離れたところでくすくすとおかしげに笑っている妻をにらんだ。
「こら、ジョン、ご飯の前でバタバタしないの! パパ、サラダ取ってくれる?」
ジョン、という名の子供がいる設定らしい。そんな子供の姿などないが、男の人形が置かれている様子から、その人形がジョンなのだろう。
サラダの盛った皿などどこにもなかった(すべて空だ)が、それらしき深さの皿を取って渡せば、ありがとうとジネヴラは微笑んだ。その笑みは妻に似ていて、思わずまじまじと見てしまう。
「パパ、食べないの?」
「……今食べる」
しぶしぶフォークを空の皿の中で動かし、口元に運ぶ。それを繰り返していると、自分は何をやっているのだろうと馬鹿馬鹿しくなった。何故こんなことをしなければならないのか。
しかし、娘と約束したからには仕方がない。彼女にとって、一緒にいる=一緒に遊ぶという意味だったのだろう。こんな機会はなかなかないだろうし、今日はとことん付き合ってやろうじゃないか。決心したセブルスは、その後絵本の読み聞かせやお絵描きにも付き合い、子供の面倒を見ることの大変さをしみじみ実感することになった。
2019/09/05 sukatのひつじさんから頂きました。どうもありがとうございました。