私には、あまり似ていない双子の兄がいた。セドリックは背が高く、とても綺麗な顔立ちだったけれど、私の身長は女の子の中で真ん中だったし、鼻が低かった。セドリックはとても頭がよかったけれど、私は魔法薬学で鍋を焦がしては、教授に嫌味を言われていた。セドリックは監督生だったが、私はグリフィンドールの双子と連んでは、しょうもない悪戯をしている。
 みんなよく、私たちを見比べては「双子だったの」と目を丸くした。その度に私は「似ていないでしょう」と歯を見せて笑ったけれど、セドリックは困ったような顔をして、「そんなことも、ないと思うけど」と言うのだった。
 私たちはとても仲がよかった。まるで影と形のように、いつも一緒にいた。お揃いのカナリア・イエローのネクタイが私はとても好きだったし、魔法史で居眠りをするセドリックのノートに落書きをする時間を愛していた。セドリックだって、私が罰則を喰らう度に「少しは落ち着けよ」と言いながら、愉快そうな顔をしていたのだ。私が彼を大好きなように、彼だって私が大好きだった。


「シリウスは、いつも不機嫌なのね」
 私がそう言うと、シリウスがちろりと私に目をやって、「ああ」だか「うん」だか、よくわからない声を出した。
「そう見えるかい」
「なんだかね」
 シリウスは、ばつが悪そうに微笑み、すぐに視線を手元に戻した。彼は床にこびりついた汚れを、面倒臭そうに擦っている。私たちは屋敷で騒いだ罰として、ウィーズリーおばさんに、糞爆弾塗れにした部屋の掃除を言いつけられていた。本当なら、彼も私も成人しているのだから、掃除なんて杖の一振りで済むのだけど、何故だか杖を出す気にはなれず、それはシリウスも同じようだった。私たちは揃って床に座り、のろのろとマグル式で掃除をしている。
「それは、悪いね」
 夏休みに入ってすぐ、両親に連れられてきた騎士団本部で、私は初めてシリウスに会った。有名な指名手配犯が団員だということに最初は驚いたけれど、私はすぐにシリウスと打ち解けたように思う。彼は陰気な屋敷にふさわしい、不機嫌な主人だったが、私が学校で悪戯ばかりして叱られていることを知ると、嬉しそうに学校の様々な仕掛けを教えてくれた。そのお礼に私は、今までやってきた様々な悪戯の話をして、シリウスを笑わせた。
 私たちが仲良くすることを、両親は喜んだ。娘を連れてきてよかったと言わんばかりの彼らの表情に、私はシリウスと仲良くすることに熱心になった。彼が不機嫌に黙っていれば、必ずと言っていいほど声をかけたし、下らない悪戯を仕掛けては、喧嘩をした。リーマスはシリウスに「いい歳をした大人が、何をムキになっているんだい」と呆れて言ったが、シリウスはそれに肩を竦めただけで、私と遊ぶのをやめなかった。だから余計に、私はシリウスにちょっかいをかける。
「ああ、クソ。取れないな。……もとから汚いのだから、一部屋ぐらい汚れていたって構わないだろうに……」
 シリウスは悪態をついて、床を拭っていた布を放り出した。私は拭き終わった時計を元のように壁にかけ、彼の隣に腰を下ろした。部屋はまだ、半分も綺麗になっていない。
「ここ、シリウスの家だったんでしょう」
「そうだ。とうの昔に捨ててやったつもりだったんだがね」
 家の話になると、シリウスは途端に不機嫌になる。私はその横顔を、少し下からじっと眺めた。
「私の顔に、何かついているかい」
 私の視線が煩わしかったのか、シリウスが、戯けて片方の眉を綺麗に上げた。
「ううん。ただ、そのご尊顔で何人の女性を泣かせてきたんだろうなあって考えていたの」
 大袈裟に肩を竦めて溜息をつくと、彼は快活に笑った。厳しい皺を刻んだ顔が、それだけで途端に人懐こくなる。それはどことなく、彼のアニメーガスを彷彿とさせた。この瞬間が、私は好きだった。セドリックも犬が好きだったのだ。
「昔は、ね。今はただの、歳を食っただけの男だ」
「ご冗談でしょうね。賭けてもいいけど、フレッドとジョージに言ったら、糞爆弾一ダースは喰らうよ」
 実際に、私はあの二人がポリジュース薬でシリウスになり、ナンパする計画を立てていることを知っている。そう言うと、彼は「指名手配犯の顔でナンパとはな」と声を上げて笑った。
 シリウスは美しかった。彼ほどの過酷な人生を持ってしても、その精悍さは損なわれないらしい。均整のとれた小さな顔に、全てのパーツが正しく収まっている。手足もスラリと長く、ほっそりとした指は男性のものとわかるのに華奢だ。
「ずいぶん、女の子に人気があったんじゃない?」
「さあ、どうかな」
 ふと、シリウスは動きを止めて私を見た。その視線に、私は首を傾げて返した。
 骨張った手が、私の頬に伸びてくる。彼はそっと、親指の腹で私の頬を撫ぜた。ざらりと荒れた皮膚は、少し痛い。灰色の瞳の中に、間抜けな顔をした私が写っているのが見える。シリウスは何も言わなかった。だから、私も何も言わなかった。
 それから私たちはキスをして、何事もなかったかのように掃除を再開した。


「あっ、ねえジネヴラ!」
 廊下の向こうから呼び止められた。振り向くと、チョウが私に手を振りながら、小走りでやってくるところだった。
 新学期になり、魔法省からの教師がやってきて、学校の雰囲気は変わった。何の価値もないような規律にがんじがらめにされ、果たしてホグワーツとはこんな場所だったのかと首を傾げたくなる。それでも、闇の帝王の復活を信じていない生徒たちは、のほほんとした顔で呑気に笑っているけれど、私にはどことなく、陰鬱な雰囲気が漂っている気がしてならなかった。時折、タールのようにべったりとした不安やら何やらが呼吸をする度に胸を覆い、窒息してしまいそうな錯覚に陥る。
 チョウは私に追いつくと、並んで歩き出した。アジア人ということもあり、彼女は私よりも小柄だ。チョウに合わせるため、私は少しだけ歩幅を小さくする。セドリックもかつてそうしていた。
 私たちは他愛のないことを話して歩いた。夏休みやのことや、授業のこと、今年受けるNEWTのことなどを。
 少し開けた廊下に出ると、窓から校庭が見えた。クィディッチコートで、グリフィンドールカラーのユニフォームを着た選手たちが、びゅんびゅんと飛び交っている。
 チョウは彼らを少し眺め、俯いた。「昨日、ハッフルパフと合同練習をしたの」小さな声で言った。
「ハッフルパフのシーカー、上手いのね」
「そうなの?」
「ええ。それでも……セドリックの方が上手かったけれど」
 視線を落としていたチョウは、気を取り直すようにグッと頭を上げ、瞬きを二回してから、にっこりと笑った。
「ジネヴラはクィディッチの選考、受けなかったの?」
 私はそれに、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「昔から、箒は苦手なの。ほら、私って地に足ついた感じするでしょう? 具体的に言うと、フィルチの頭に臭い玉ぶちまけちゃうくらいね」
「ジネヴラは少し、落ち着くべきだわ」
 くすくすと、チョウが笑った。
「それは無理だよ」
 だって、それはセドリックの役だもの。
 言おうか迷って、結局やめた。言ったところで、チョウはきっと私を理解しない。チョウだけでなく、最近では私の友人は皆、私がこのような言い方をすると何とも言えない苦い顔をする。
 玄関ホールで、チョウは私に「またね」と微笑んでレイブンクローの寮へ向かった。去っていくチョウの背中を見ながら、時間は流れていくものなんだなあと、ぼんやり思った。学校の雰囲気だって変わるし、ハッフルパフのシーカーだって変わる。去年と同じことなど、何一つないかのように思われた。世界は毎日、姿を変えていく。むしろ、太陽が毎日昇ることのほうが不思議なくらいだ。ふと、遠くでチョウが誰かに声をかけられているのが見えた。黒い、くしゃくしゃの髪にグリフィンドールのローブ。見ていられなくなって、私はそっと踵を返した。


 クリスマス休暇は、ロンドンのグリモード・プレイスで過ごすことになった。ウィーズリー家やハリー、ハーマイオニーとともに顔を出すと、屋敷にいた大人たちは微笑んで迎えてくれた。
「元気だった?」
 ソファでファイア・ウィスキーを傾けていたシリウスの隣に、私は腰を下ろした。
「そう見えるかい」
 シリウスは特別ご機嫌というわけではなさそうだったが、不機嫌でもなかった。
「ええ、すこぶる絶好調のようね」
 シリウスは笑って、私の肩に腕を回した。ほんの少しだけ、私はシリウスに身体を寄せる。
「君の方は?」
「そうね、アンブリッジのクソババア、もとい教授に素敵なプレゼントを贈ることに成功したわ。彼女、一週間はスカンク臭くてたまらなかったの」
 シリウスが喉を反らして笑うその奥で、母が恐ろしい顔で私を睨みつけた。さらにその奥では、リーマスが母に見えないよう、私に親指を上げて見せた。私は二人に、にっこりと笑ってウィンクをした。


「まだ起きていたのか」
 パーティも終わり、みんなが寝静まった頃。暗いリビングでぼんやりと暖炉の残り火を眺めていたら、後ろからそっと肩にガウンがかけられた。
「うん。眠れなくて」
 シリウスは、さり気なく私の隣に腰を下ろした。あまりにさり気なかったので、私は、また彼に声をかけられるまでそのことに気がつかなかったくらいだ。
「何を考えている?」
「なにも」
 嘘だった。彼にもそれはわかっていたのだろう。じっと私を見つめる視線から逃げるために、仕方がなく私は答える。
「私と、シリウスについて」
「へえ」
 途端、シリウスの声が揶揄うようなものになる。
「かわいらしいお嬢さんと、俺が、なんだって?」
 私は少しばかり驚いて、シリウスを見つめた。彼が、自分のことを俺と言うのを、初めて聞いた。
 私たちは少しの間、ただ互いを見つめていた。シリウスが、そっと、私の首に腕を回した。大きな手が後頭部を撫でる。優しく肩を押されて、私はソファに倒れる。シリウスが、私を覆うように、私の両脇に腕をついた。灰色の目は私を見つめていたけれど、いつものとおり、私を見てはいなかった。やっぱり、と私は思った。シリウスも、わかっている。
「だめだよ」
 私はそっと、シリウスの肩を押し返した。彼は抵抗せず身体を起こすと、私のことも起こしてくれた。ふぅ、と浅く息を吐くと、シリウスは私に微笑んだ。穏やかに笑おうとしたのだろうと思う、けれどそれはあまり上手くいっていなかった。
「そうだな、すまない。君のような若い娘に、して許されるようなことじゃない」
「そうじゃない」
「だったら、なぜ」
 彼は苛ついているようだった。私が思い通りにならないためか、もしかしたら、もっと別のことのために。
「上手くいきっこ、ないもの」
「なぜそう思う」
「だって私、あなたを利用している」
 はじめからそのつもりだったのだ。出会ったばかりのシリウスが、私の話に笑った時から。両親がそれに、ほっとしたように息をついた時から。なぜなら、その時にはもう、セドリックがいなかったのだから。
「もしかしたら、あなたの片割れに私は似ているのかもしれない。でも、シリウスはセドに似ていないよ。セドみたいに私を笑わせてはくれるけど、私はシリウスをセドみたいに思えない。だから、だめ」
 シリウスは、目を見開いて私を見た。それから、重い溜息を一つ。私の肩にかけられていた手が、ゆっくりと滑り落ちた。
「君は、代わりを探しているのか」
 代わりで済めばいいのに、私は思った。
「わからないの、全部」
「何が」
「ぜんぶ」
 私はシリウスに、全てを話した。魔法薬学の授業で失敗をしなくなったこと、本当は箒に乗るのがとても上手いこと、魔法史の授業で眠たくなってしまうこと、全部ぜんぶぜんぶ。
 堰を切ったように話す私を、シリウスは止めなかった。彼は黙って話を聞き、時折私を促すように頷いた。彼の手は、もう私に触れていなかった。彼は膝の上で手を組み、じっと床を見つめていた。
「シリウスのこと、私好きだよ。でも、仲良くするのは父さんたちのためなの。シリウスと楽しそうにしてるとね、二人とも安心した顔するの。娘が笑ってくれて、よかったって」
 それに気づいてからというもの、私は熱心にシリウスに構った。両親に心配をかけたくなかった。娘が笑えているのかなんて、気にしてほしくなかった。二人に心配をかけまいと行動するのは、とても難しいことだった。それは私じゃなく、セドリックの役目だったのだから。
 ようやく、シリウスが顔を上げた。彼は私に向かって、ニヤリと笑った。まるで、少年のような顔だった。
「知っていたよ」
 気が付いた時には、泣きじゃくる私を、シリウスが腕に抱いてあやしていた。頭が痛み、目が腫れているのが触らないでもわかった。きっと、酷い顔をしている。私が顔を埋めているシリウスの胸元は、ぐしゃぐしゃに濡れていた。
「わからないの。どうやって生きたらいいのか」
 セドリックの分も、私が担うべきなのか。それとも、セドリックになるべきなのか。私のままでいるべきなのか。けれど、思うのだ。一人で二人分はきっと上手くできないだろうし、私ではセドリックにはなれない。そして、セドリックのいない私は、私の知っている私ではない。
「私もだ」
 私の髪に唇を寄せて、シリウスが囁いた。
「置いていかれることなんて、考えたこともなかった」
「大切な人だったのね」
「親友だった」
 低い声は、微かに震えている。
「あいつの代わりなど何処にもいないし、人は誰かの代わりになどなれない。それでも、私はハリーや君に、ジェームズを求めているのかもしれない」
 私はそっと目を閉じた。
「知っていたよ」
 シリウスはいつも私に誰かを重ねていた。一緒にふざけている時、彼は時折眩しそうな顔をして、私に誰かを重ねて見ていた。そして、ハリーと話している時も、彼は私を見ている時と同じ目をしていた。いつかウィーズリーおばさんが言っていた「この子はジェームズじゃないのよ」という声が甦る。その時、シリウスがどんな顔をしていたのかも。
 だからきっと、キスをしたのだろうなと、優しく髪を撫でる手を感じながら、ぼんやりと思った。きっとシリウスは、怖くなったのだ。あの時私は、シリウスを慰めたかった。大丈夫だよと、なんの根拠もなしに言ってあげたかった。だって私は、彼と同じ傷を持っていた。ぽんぽんと、幼子をあやすリズムで背中を叩く手がひどく優しくて、また涙が出そうになった。


 その夜、私たちは同じベッドで眠った。ぎゅうぎゅうと、お互いの半身を埋めるように抱き合ってみたけれど、それでも私たちは私たちのままだった。いなくなってしまった半分の、傷口から皮膚が剥がれてひび割れていくような気がする。寂しさは砂漠みたいだ、私が言うと、シリウスが笑った。
「寂しさが砂漠なら、我々は乾いていくしかないのかもな」
「オアシスはないの?」
 私の問いに、シリウスは出来の悪い子を慈しむような顔をした。私の米神に、優しく口づける。
「そうだとも。私たちがなくしたのは、その、オアシスなのだから」


2016/05/10 ひび割れる音が聞こえるかい


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