私こと神代小夜子には、趣味がある。
ドールを集める趣味が。私の部屋には、三体のドールが並び、彼女達の服は私のものより沢山ある。特にお気に入りなのは、我が妹である璃緒をモデルにしてオーダーした娘。赤い瞳の美人で、角度によっては儚く微笑むように見えるのがとても良い。
それを毎日着せ替えて、写真を撮り、ブログにあげるのが私の日課である。
週末になるとミシンで彼女達の服を縫い、インターネットで素敵な写真を撮るドールオーナーさんのサイトを回るのが私の楽しみなのだ。ちなみにネットではスピカと名乗っている。
そのサイトを見つけたのは、ひと月前になる。ダークな雰囲気のサイトで、そこのドール達も皆どことなく退廃的。グロテスクだからこそ美しい、そんな写真を載せるサイトだった。青白い肌に包帯を巻いたドールがそこの看板娘で、私はその子の写真がお気に入りであった。
管理人はレオ@ぎみぱぺと名乗り、訪問客のコメントに丁寧にレスをつける良い人そうな方だ。
目玉がごろごろ転がる間に寝そべるドール。そんな写真を撮りながら、明るく丁寧にレスをつける管理人。そのギャップが妙に印象的で、私がその管理人氏と仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
そして一週間前、レオ@ぎみぱぺさんから一通のメールが届く。

スピカさん、おひさしぶりです。レオです。
もしスピカさんがよろしければ、うちのお嬢とスピカさんのお嬢さんと遊べたらと思って連絡させていただきました。
今週末とかいかがですか?

お嬢さんというのはもちろんドールのことである。つまりこれがどういうことかといえば、ドールオフのお誘いなのだ。
憧れのサイトさんの、憧れのお嬢さんとオフ会。私の心が踊らないわけがなかった。向こうのお嬢さんに似合いそうな服をその日の変なテンションのままチクチクと縫い、自分のお嬢の勝負服を選んでソワソワと一週間を過ごした。
そして、今日、そのドールオフの日を迎えたわけである。
ここまで長々と私の事と経緯を説明してきたが、何を言いたいかと言われればたった一つなのである。私はあほだった。どあほうだった。レオ@ぎみぱぺ、この文字列で気がつくべきだったのである。こんなハンドルネームつけそうな奴を私は知っていただろうが。
というわけで、もう少しだけ事に気がつかない阿呆にお付き合いいただきたい。

待ち合わせは午後一時、駅の噴水広場の時計の下。ドールと服を詰めたキャリーを引いて私は立っていた。
いつもより少しだけ私もおしゃれをしていた。それは、もちろんレオ@ぎみぱぺさんが男性であることを知っていたからである。同じ趣味から意気投合してなんてことがもしあったら!なんて淡い期待もなかったとは言わない。なぜだか私は、勝手にイケメンが来ると決めつけていたのである。
「すみません。お待たせしました」
後ろから声をかけられて振り向く。
私が勝手に想像していたように、そこにはイケメンがいた。間違いなくイケメンがいた。
引き締まった体のスラリとした長身、シンプルながら洗練されたファッション、健康的な肌の色、切れ長の瞳、日本人離れした顔、そして大きな顔の傷。
「うわっ、Wじゃん」
「げっ、小夜子」
どちらともなくあげた声が重なる。
そこに立っていたのはまぎれもなく私服のトーマス・アークライトその人で、私はこの男の事をそれなりによく知っていた。と、いうより私の弟と妹が大変お世話になった。
念のために補足するが、この大変お世話になったというのは大層な嫌味である。
「なんであんたがここにいるの」
「待ち合わせだよ。お前とは関係ねぇ」
トーマスは自身のキャリーを立てると、私の隣に立った。
「あんたもここで待ち合わせなの?」
「だったら悪いかよ」
「別に? ただ私も大事な待ち合わせだから、そこに立たれると困るんだけど」
「はぁ? ならそっちが連絡して場所変えればいいだろ?」
「先に居たのは私なんだけど」
なんとなくいちゃもんをつけ、言い合いながら、私は一つ嫌な想像をしていた。自然、私の視線はトーマスのキャリーへそそがれる。
「ねぇ、W。そのキャリーまさかとは思うけど、人形なんて入ってないよね?」
トーマスの視線も私のキャリーにそそがれている。
「スピカさん?」
「レオさん?」
二人の視線が交わる。
「嘘でしょう?? やだ! 私、知らずにあんたと親睦深めてたっていうの???」
「マジかよ、スピカなんてハンドルネームしてるから、ふわふわした可愛い女の子のつもりで来たんだぞ!」
「下心満載すぎて引くわ! 天下のWさんも意外と俗物だったのね?」
「唇真っ赤にして、髪の毛巻いてきた方には言われたくないですねぇ!」
ひとしきり言い合い、それからゆっくりとため息をついた。
ようやく、本来の目的を思い出したのだ。私はこの男に会いに来たのではない。この男のお嬢さんに会いに来たのである。
「ねぇ、今日はあの青い子つれて来てるの?」
「ああ、いるけど。……移動、するか?」
私の頭の上から、トーマスが言う。
私は大仰に肩をすくめて、キャリーを手に取った。
「ええ、Wはともかく、お嬢さんに罪はないもの。そちらのお嬢さんにプレゼントもあるしね」
「ほう?」
「お嬢さんに、だから。勘違いしないで」
私達は、当初カラオケ店に行く予定だった。外で、一定時間自由に使える部屋というのはなかなか存在しないのだ。
私は三十秒悩んで、この男を家に連れてくことにした。私の家なら、ドール用の家具がある。服も大量にある。写真を撮るなら、カラオケよりも都合がいい。
幸いと言えば良いのか悪いのか、知らない人間ではない。それに、彼の弟ミハエルくんはうちに来たことがある。だから、それが最善ではないにしろベターだろう。そう考えた。
「靴脱いでよ」
「それぐらい分かってるっつうの」
玄関に座り込んで、ブラウンのハイカットスニーカーを脱ぐトーマスを私は上から見下ろしている。彼のどちらかといえば悪趣味なデッキと、異様な世界観(だがそこがいい)のドール達からすれば、真っ当でセンスのいいスニーカーだと思った。
「なんだよ」
いつの間にか下から見つめられていて、はっと息を飲んだ。思ったよりも自分が前屈みで、想定よりも顔が近かった為だ。
「私服見るの、初めてだなって思っただけ。意外とカジュアルなのね」
「浮かれてめかしこんでくる誰かとは違うんでね」
「可愛くないなぁ」
「小夜子さんは可愛らしいですよ」
「白々しい、35点」
「50点満点?」
「1000点満点よ」
肩をすくめてトーマスが立ち上がる。見下ろし見下ろされる関係が逆転する。今度は私がトーマスに見下ろされている方だ。
「こっちが私の部屋。隣は凌牙と璃緒の部屋ね。入るとほんっと恐ろしい目にあうから。あの二人怒ると怖いんだもん」
言いながら自室のドアを開ける。視線を送ってくるトーマスに私は頷く。私の部屋は入っていいに決まってるでしょうが。
「綺麗にしてんじゃねぇか」
「この子達がいるからね。私一人の部屋じゃないし」
意外だという顔をしているトーマス。やっぱりものすごく失礼な奴だな。サイトでのあの丁寧なレスは何なんだ。そんなことを思いつつ、私も部屋に入る。
私達は荷物を広げはじめる。自分のはそこそこに、キャリーの荷ほどきをするトーマスの手元をつい私はじっと見つめてしまう。
「さっきからなんだよ、やりにくい」
「早く開けなさいよ」
言いながら、私はなんとなくトーマスの指を見ている。自分のとは違う関節がしっかりしる。指の長さも、皮膚の質感も、私のとは違う。なんとなく手を横に並べてみる。私の手は小さい。
「なにしてんだ」
「うるさい」
言われて慌てて手を引っ込める。なんだか急速に恥ずかしくなってきた。今日の私はどこかおかしい。きっと、先に男の人だという意識があってこの男を見ているからだ。
冷静になれ神代小夜子。この男はあの、トーマス・アークライトだ。ねこっかぶりの横暴野郎だぞ!
胸に手を当て、目をつぶり、自分に言い聞かせる。
揺れるな揺れるな。ここで調子が狂うとこの後気まずいぞ。
ゆっくり目を開けて、私はひゃっと飛び退きそうになる。心臓が止まるかと思った。むしろ止まった。
すごく近くに、ちょっと意地の悪い笑顔を浮かべたトーマスの顔があったからだ。
「びっくりさせないでよ」
「いやぁ、なるほどねぇ。ははーんと思ってな」
「何が、ははーんなのよ」
「何がだと思う?」
一歩引いて、私はみごとに後ろにひっくり返った。後ろがベッドであることをすっかり忘れるくらいには動揺している。
トーマスは神妙な表情で私を見下ろし、一言。
「一応聞くぞ。それ、誘ってんじゃねぇよな?」
「あったりまえでしょうが! ちょっと笑わないでよ」
ひとしきり私の醜態を笑い飛ばしてから、彼は悪いと謝った。だが、その目には涙が浮かび、腹をかかえたままであり、謝る気が全くないことだけが私に伝わった。
「もういいから早く見せてよ」
キャリーの中に鎮座する生気のない青白い肌のドール。私は一目で目を奪われた。気だるげな表情にはほのかに色香が漂い、沈鬱な空気を身に纏っている。彼女の座っている空間だけが、私の部屋ではない。圧倒的な存在感。ただ座っているだけなのに、そこには世界がある。
「見事なもんだわ」
ほうと感嘆のため息が漏れる。
「これ、市販やオーダーってわけじゃないのよね?」
しゃがみこんで、ドールを見つめたままそう問うた私に、そうだとトーマスが返す。
「素体は市販のものだけど、メイクは全部自分でやった。こんな手のかかるメイクは店じゃやってくんねぇからな」
全身を青白く塗っただけではない。鎖骨やあばらには淡く陰影がつけられており、肘などの関節部は仄かに黒ずんでいる。所々あざのようなものも表現され、まさしくそのドールは死体である。美しく、だけれど死んでいるのだ。
恐ろしく手がこんでいる。
「私、この子にどうしても着せたいものがあったの。人にあげるには縁起が悪いからちょっと悩んだんだけど」
そう言いながら、私は自分のキャリーを紐解く。ラッピングした包みを自分で広げ、中から黒いドレスとケープを取り出す。
喪服のような黒のウェディングドレス。そして、白い菊の造花で作ったブーケと髪飾り。
「喪服の花嫁。縁起悪いよねぇ」
言いながら、私は困ったように笑うしかない。我ながら悪趣味なものを作ったと思う。だけれど、この美しき死体に似合う服はこれしかないと思ったのだ。
トーマスは黙って服を見つめ、そっと私の手からそれを受け取った。
それをてきぱきとドールに着せていく。サイズはぴったり。そして、服を着せられたドールは更に異様な空気感を放ち出す。まさしく私が見込んだ通りであった。
最後にトーマスは、ドールの顎を持ち上げて、私をちょうど見上げるように角度を調整した。美しき死体が私を気だるげに、そして挑発的に見つめている。その誘惑するような視線に私はどきりとする。
「きれい」
私の口から言葉がこぼれる。
「ああ、きれいだ」
私の隣に来て、ドールの視線を受けながらトーマスもそうこぼした。
始終憎まれ口しかきけない私達は、この時だけはそうではなかった。所詮は同じ穴の何とかである。
できるだけいい角度からドールの視線を受けようと、私達は自然と体を寄せ合う。ポケットからデジタルカメラを取り出して、私は夢中でシャッターを切る。
夢中になると時間はあっという間に過ぎるものだ。私達は憎まれ口を叩くことを忘れ、ドールの写真を撮り、ドールについて語り合った。自分達が何者であるかを忘れた時間は、ひたすらに楽しかった。
日が落ちて、そろそろ弟たちが帰って来る時間になり、ようやく私達は我に返った。
ちなみに我に返った時に、私達は手を取り合っていて、それを慌てて二人振り払った。
「よかったわ。服があの子に良く似合って。それになんだかこんなにはしゃいだのは久しぶりかもしれない」
私は、自分のドールをいつもの棚に並べながらそう言った。
トーマスは私の後ろにそっとやってきて、私の後ろから私のドール達を覗きこむ。私の手元に影が差す。
「なぁ、一つネタばらしなんだが。俺、スピカが小夜子だって知ってたぜ」
私はその意味を掴み兼ねて、思わずふりかえる。私の視界にトーマスの首筋がある。いつの間にこんなに近くに来ていたのだこいつは。
そんなことを思ったが、それよりも彼が次に何を言うかに私の神経は尖っていた。
「最初にサイトのドールを見た時にすぐに、これは神代璃緒だと気がついた。そういう予断を持って見てみると、残りの二体のドールもどことなく眼差しが小夜子と凌牙に似てるよな。だから、俺は本当はあの時計の下に小夜子が立ってることをさ、最初から知ってたってわけだ」
動く喉仏を見ながら私はそれを聞いていた。
「じゃあなんで、誘ったの。私だって知ってたんでしょWは」
乾いてパサパサの喉から、私はなんとか声をひねり出した。無様だなぁと思ったが今更である。
「小夜子がうちのお嬢をものすごく気に入ったから、会わせたらきっとお前喜ぶだろうって思ったんだよ」
そう言いながら、頭をがしがしと掻いているのだろうかトーマスの体が揺れた。
「なに、らしくないことしてんの」
私は自分の腰にトーマスの手が回っていることを知っていたが、なんとなく振りほどけずにいる。トーマスの肩が私の頬にくっついて、その体温の高さに私はくらくらとしている。
私の部屋じゃないみたいだ。そんなことをまとまらない頭で思った。何も聞こえなくなって、奴の鼓動の音だけが私の鼓膜を打っていた。そっと目を閉じると何にも見えなくなって、触れた体の温度だけが私に世界を伝えてきた。
真っ暗で暖かい私の世界に、突然大きな音が舞い込んできた。それがなんだかわからなくて目を開けると、急に私の部屋が戻ってきた。
「姉貴!」
私は硬直している。ギィギィという首を動かして部屋のドアを見やれば、そこには我が弟であり、札付きの不良鮫、神代凌牙が般若のような顔で立っている。そしてその後ろから、妹の璃緒がブリザードを吹かせている。
「げ」
とトーマスは声をあげたが、勘違いだとか何かの間違いだとか、この状況を否定することはしなかった。
だから、私はその腕をすり抜けてドアノブをつかんで、二人にそっと笑いかけた。
「今、いいとこなんだから邪魔しないでよ」
そして、そっとドアを閉じた。しばらくドアの前で気配がしていたが、私の部屋のドアが開けられることはなかった。
「小夜子、お前」
後ろから不思議そうに声をかけられたので、私はちょっとだけ考えて、悪い笑みを作った。
「私もね、思ったのよ。ははーんってね」
私達のこのちょっと変わった趣味から、始まるものがある。ははーんと言いながら、私はそう思ったのだ。
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