歌えスピカ。 彼はよく私の髪を掴んでそう言った。それは決まって寝室で、そうされるたび私は彼の足元で歌った。 元々結婚など望んでいなかった。できるなら、祖国で神職につきたかった。神の膝元で神を崇める歌を歌い続ける事が私の望みだった。 それはもう叶わない。今はもう祖国ではない。故国だ。私の国はもうどこにもない。みんなみんな死んでしまった。 みんなみんな、彼が殺してしまった。生き残った私を気まぐれに持ち帰って、彼は気まぐれに飼い始めたのだった。結婚とは形ばかり。私は寝室で飼われているカナリアとなんにも変わらない。 求められて歌うペット。ただそれだけの存在だった。 彼は、私が歌っている間はいつも心地よさそうに目を閉じている。 私が歌う怨嗟の歌を聞く時はいつも。 「お前の歌は心地良い。お前だけはいつも真っ直ぐ本当のことを言う。本当のお前の心をな。お前には歌うことしかできない。だから、恨みがましく歌うしかないのだろうが。それがいい。惨めったらしくてな」 ある時彼はそんな事を言っていた。 睨みつけた私を床に転がして、楽しそうに笑っていた。悔しくて仕方がなかったが彼の言う通り私には何もできなかった。 何度も寝首をかいてやろうそう思ってきた。それでも、それは叶わない。 祖国の滅びた戦争の時、捕虜となった私の手足の腱を彼は迷う事なく絶った。それから、私は立つことと、物をつかむ事ができない。無様に床を這いつくばるばかりだ。 来る日も来る日も私は歌った。怨嗟の歌を歌い続けた。 今も這いつくばって歌っている。怨嗟の歌を歌っている。 手足の不自由な私は自力で食事を取ることができない。 普段ぞんざいに私を扱う彼は、その時だけ甲斐甲斐しく私の世話を焼いた。前掛けをつけさせ、食べ物を食べやすい大きさに切り分け、私の口まで運んだ。熱いものは食べやすい温度に冷まして。 彼が居なければ私は生きられないのだ。その事実を見せつけるようだった。事実、私の突き刺すような視線に彼はニヤニヤと笑っていたのだから、きっとそうだったに違いない。 そして、夜になると気まぐれに私を抱いた。 嫌で仕方なかったが、自分が抱かれているときはまだ良かった。他の妻を抱く時も彼は私を部屋に転がしたままだった。そういう時は仕方なしに私は部屋の隅にうずくまって、耐えるしかなかった。 普段夜だけはベッドにあげてもらえたが、その時だけは私は床で眠るしかなかった。 怨嗟の歌が響き渡る。 私は今も歌っている。でも、私の歌を求める人はもう居ない。 この国も、もう滅んでいる。彼は国民を皆殺しにし、家臣も皆殺しにし、最後に己を殺した。目の前で胸を貫いて死んでしまった。 私が最後の生き残りだ。彼の血を全身に浴びてのたうちまわる死に損ないだ。 胸を貫く前に言った彼の言葉が胸に浮かぶ。 「スピカ、歌え。お前が死ぬまで恨みがましく歌え。歌って歌って、苦しんでお前も死ね、スピカ」 言われたとおり、私は死ぬまで怨嗟の歌を歌い続ける。いや、死んでも歌い続けるだろう。 どうして私を置いていったの。どうして私だけ殺してくれなかったの。 どうして最期、血を吐きながら愛しているなどとうそぶいたの。 ねぇ、ベクター。どうして。どうして私は泣いているのだろう。 ねぇ、ベクター。 もう一度言ってよ。歌えって。 |