何故、ハンターになったのか。なりたかったのか。そう問われると、答えに窮する。
一つには、人とコミュニケーションを取るのが苦手で、人間を目の前にするとなんだかおろおろしてしまうことがある。
もう一つは、やたら強大なものを見ると血がたぎるのだ、などという理由を言うのが恥ずかしいことである。
そしてもう一つは、子供の頃に出会ったハンターの存在。彼に山に連れていってもらうたび、痺れるような体験を重ねてきた。そのせいだろうか。私がこんな風に育ったのは。
私がもしも屈強な男であるのなら、この三つの理由を正直に誇ることが出来たろう。しかし私はまだ年若い女の子なのである。勇ましいよりは、可愛くありたい、思われたい。そういう乙女心、お分かりいただけるだろうか。
抱きしめてやりたくなるような華奢な体躯、つぶらな瞳、愛らしく微笑み場を和ませる。そんな女の子に憧れる乙女心が。
しかし、実際はどうだろう。締まってはいるが筋肉質。並の男とは正面で目が合う身長。切れ長の鋭い瞳。大概の男には腕相撲も負けない腕力を持ち、雪山という辺境育ち故に健脚凄まじい。ティガレックスと駆けっこして逃げきったことは、私の武勇伝の一つだが、決して他言無用である。欲しいのは勇ましいエピソードより、可愛いエピソードなのだ。
さて、これだけのことを考えるまでにざっと十秒。その間私の顔を見つめていたナイスミドルはふっと表情を緩めた。
「なに、無理に答えることはないさ。お前さんの目を見ればわかる。狩りに、魅せられたのだろう?」
それに私は自嘲的に笑む。
「やはりな」
そして、満足げに微笑むナイスミドル。
そうじゃないんです。おじさま、違うの。確かに狩りには魅せられてるけど、欲しかった反応はそうじゃない。
何か言わねば、焦りながら口を開こうとした私は甲板に叩きつけられることになった。
ここは、砂海を走る船の上。私たちはバルバレという集落に向かっていた。
船がまた大きく揺らぐ。私は甲板にしがみつき、そして目を見張った。
頭上を山のように巨大な魚が跳び越えた。
ワッと全身が泡立った。くるりと周囲を見渡す。
バリスタが四台、砲台が二台。バリスタの弾は船首側、砲弾は船尾側。大銅鑼に竜撃砲、もしかしたらバリスタ用拘束弾もあるかもしれない。
脳内を昔、雪山のハンターさんから聞いた話が高速回転している。
今の魚、昔見せてもらった絵のジエンモーランではなかった。だが、よく似ている。実に似ている。
心臓がドクドクという。それに任せて駆け出す。私が飛び込んだのは船倉。バリスタ拘束弾があるのなら、手元に置いておいて損はない。
「キャッ」
私が転がり込んだ先で、悲鳴が上がる。
見れば緑の服の眼鏡の女性。
「隠れてて」
自分の声の低さも、彼女の愛らしい容姿も、この時は気にならなかった。
脳内がアドレナリンを垂れ流しにしており、私の意識はずっとこの船を脅かす巨大な魚に注がれている。
「あの、待って。ダレンモーランが来てるんですか?」
彼女の上ずった声。
それには答えず、私は目当てのものを箱から引っ張り出す。
「そうなんですね? ああ、私も行きたいです」
「来るな」
反射で答える。心ここに在らず。そのまま私は甲板にとって返す。
防具もない丸腰なのは重々承知していたが、それでも身体を沸かす血には抗えない。
それから甲板でバリスタを打ちまくる私は、声こそあげなかったものの、きっと笑っていた。後々、頬が筋肉痛になったので間違いない。会話の中で満面の笑みを作るのは難しいのに、どうしてかこういう時ばかり表情が緩むのだ。
どれほどそうしていたろうか。そろそろバリスタの弾が尽きかけ、私が焦り出した頃、船尾から大きな声が上がった。
「あの船は」
弾をバリスタにつがえながら目を向ければ、立派な船がこちらへ近づいてくる。そして、その後方から更に二艘。救援だった。
ホッとする反面、惜しい気もしながらつがえた最後のバリスタ弾をダレンモーランの顔面に放った。

「あれは筆頭一味だな」
去って行くダレンモーランを見ながら、ナイスミドルが言う。
噂だけは聞いていた。四人でチームを組んでいる一味で、強力なモンスターをバンバン狩っているエリートハンター集団だ。
「俺は、夢があってな」
ナイスミドルは言いながら、帽子の中に手を突っ込んだ。そこから出て来たのは真っ白に輝く何かの塊。
「綺麗だ」
思わず声が出る。
「だろう。これが何であるかを暴くこと。それが俺の夢だ。そのために俺は旅団を組もうと思っている。モンスターの知識に長けた学者、優秀な鍛治職人、顔の広い商人に、うまい飯を作る料理人。あと必要なのはハンターだ」
その言葉を、眩しく思いながら私は聞いていた。
「どうだ、お嬢さん。俺と来ないか? ハンターになりに来たんだろう?」
私は、小さな目をパチパチさせながら聞いていた。
この素人をなぜ。正直にそう思った。そして実際、正直にそう言った。
「ダレンモーランと戦う、お前さんの顔を見てすぐに良いと思った。お前さんならすぐに強くなる。普通の人間はダレンモーランを初めて見て、ああは動けない。普通は恐怖にすくみ上がるのさ。なのにお前さん、あんなにうれしそうに立ち向かっていったんだからな」
そして、ハッハッハと笑った。
私は羞恥にサッと頬を染めたが、それに構わずナイスミドルは続ける。
「ワクワクしないか? まだ、存在を知らぬモンスターがいる。この鱗はその証明だ。これに出会うことを想像すると俺はワクワクが止まらない」
この言葉を聞いたら、羞恥心は吹き飛んでしまった。
そう、出会ったことのないモンスターが山ほどいるのだ。金や銀に煌めく火龍、角に雷を集めて駆ける麒麟。話に聞くだけでわくわくする。
私はそっと、ナイスミドルの手を取った。
「よろしくお願いします、団長」
ナイスミドルもとい団長はえらく力強く私の手を握り返してきた。かくして、私はハンターとして雇われることとなったのだった。

船から降りて、ほぅと声をあげてしまった。
目の前の雑踏。活気あるバザーに目を奪われる。こんなに人間がいるところを私は見たことがない。
その私の耳に入ってきた言葉が、高ぶった私の心を粉々に砕いていった。
「おい、さっきのダレンモーランを素っ裸で退治した女がいるらしいぞ!!」
「こっえーー俺そんな怖え女やだよ」
唖然とするしかない。
「お、もう噂になってるな」
笑う団長の横で私は心の中で盛大に叫んだ。どうしてこうなった。
鉄面皮はそのまま、内心だけ落ち込む私を連れて団長はバザーの端へやってきた。
連結式の馬車があっと言う間に変形し、店や家に変わっていくのを私は驚きに声も出せずに眺めているしかない。
「紹介しよう、加工担当だ」
団長に連れられてやってきたのは鍛冶屋。
大きな体格のいい男が、そこに静かに座っていた。
「新入りか」
その喋り方に私は親近感を感じた。これは、私と同じ口下手の同類ではなかろうか。そんな予感がする。
思わずグッとその手を握る。
「頼もしいな」
そう言ってふっと彼は口元を緩めた。なんだか仲良くなれそうな気がする。
「団を創設した時からのメンバーでな。今まであらゆるハンターのあらゆる武器防具を作ってきた職人だ。腕は確かだぞ」
団長はそう彼のことを評した。私はなるほどと頷きながら、団長の後ろをついて行く。
ついて行きながらふと疑問がわく。
「前にも、ハンターが?」
「ああ。メンバーは常々入れ替わっている。前に居たハンターなら、すぐにお前さんも出会うさ。すぐにな」
なにやら意味深なとも思ったが、素直についていく。次に連れて来られたのは団長の車の前。そこに大きな掲示板があり、その前にたいそう可愛らしいめがねのお嬢さんがちょこんと座っている。
大きな瞳、大きな乳、にっこりと場を和ませる笑み、小さくて守りたくなっちゃうような、そんな女の子が座っている。
うわぁぁぁ!これこそ、私が憧れた女の子!!これこそ女の子だ!!
その感動から、その小さな手をキュッとにぎりしめた。
「さっきはありがとうございました」
そう返されて、私はハッとなる。
覚えがない。
「私、モンスターが好きで、すぐ夢中になっちゃって。ハンターさん。どうでしたかダレンモーランは!!」
そう言われて思い出す。あの船倉の女の子か。
「山のようだった」
「まぁそれは!」
なんていい子だろう!可愛らしい。おしゃべりをさせても可愛らしい!!実に可憐。羨ましいと思うと同時に、彼女のファンになりそうである。まさにパーフェクト!これこそ素敵な女の子!!
しかもモンスターが好きと来た。仲良くなれそうな気がする。
「ああ、ハンターさんが羨ましいです。私も一緒に戦えたら、あの……」
そのモジモジとする姿にもうノックアウトだった。
分かった全部任せろ。私が幸せにしてやる。
そこまで思ってからハッと我に返った。
なるほど!こりゃだめだ!!

こうして、あっさりと可愛い女の子ハンターという夢を諦めた私は、その後、メキメキと頭角を現し、「ドラゴンもまたいで通るスピカ」「レックス装備の悪魔」などと言われるようになったとかならないとか。
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