第X箱 塔の底へ
二年一組。全く『普通』の生徒に過ぎない私。そんな私がその日時計塔に足を踏み入れたのは、生徒会がピンチだと不知火ちゃんに聞いたからだ。
高貴君は中学が同じ、たったそれだけのことで私に親切だった。めだかちゃんも人吉君もよく私を気にかけてくれた。私は良くしてくれる人がピンチだと聞けば飛んでいくぐらいの心根を持っていたつもりだった。私ごときに何も出来なくても。
後々考えてみれば全てあの人が糸を引いていたのだろう。私は引き寄せられるように時計塔に足を運んだのだ。

時計塔の中は凄惨だった。壊れた人の山。壁に刺さったおびただしい螺子。血の跡。その真ん中に立つ、頭に螺子の生えた黒い塊。その向こう側に並ぶのは見知った生徒会の面々や名瀬さん、都城君、いたみちゃん。
「それ以上こちらに来るな。如月二年生」
悲痛な色をしためだかちゃんの声。
黒い塊はゆっくり私を振り返り、首を傾げる。螺子は刺さったまま。
「『咲夜ちゃん?』」
「そう……ですけど」
私は知らない。彼を知らない。なのに何故彼は私を知っているのか。
不思議と頭に刺さった螺子は気にならなかった。彼の場合はそれでも大丈夫なんだろうと思わされた。何をやってもおかしくない空気を彼は持っている。
「『わぁ。ずいぶん姿が変わったねぇ。めだかちゃんが呼ばなきゃ、僕にも君がわからなかったよ。咲夜ちゃん久し振り』」
私はますます訳がわからない。私の様子を見た彼は、険しい目付きのまま口だけで笑う。アンバランスな表情が不気味だ。
「『ははぁなるほど、君は都合の悪い事実や過去をまたしまいこんだワケだ。ずるいぜ咲夜ちゃん。自分だけ楽になろうだなんて。その鍵また僕が開けてあげよう』」
めだかちゃんの止せという言葉がひどく遠く聞こえた。彼はゆっくり近づいてきて私に囁いた。
「『今の君は嫌いだよ』」
がしゃん。錠の外れる音がする。自然と自分の口が弧を描くのがわかる。同時に私が顔を押さえたのは、自分がどんな顔だったか、どんな姿だったか、どんな姿になればいいのかわからなくなったからだ。
「球磨川先輩」
自らの口からこぼれた名前にまた揺さぶられる。
「『久し振り』」
そう言う彼の隣をふらふらと通りすぎ、私はエレベーターに向かう。とにかくここを離れないと。私は自分が何をするか、何になるかわからなかった。何も言えない。
皆の脇をすり抜けるときに、来ないでと言うのが手一杯だった。
そうして私は塔の底へ一人沈んでいった。塔の底から、ただただ昔を思い出して、あの人を想って、そして――。

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