春の針|???視点

 沢田綱吉は自問した。
 この状況は何か、と。
 確か、自分はケーキを買いにきただけである。それは今朝方のやり取りも一字一句とは言えないが思い出せるし、何より手許の自分のものではない可愛らしい母親の財布がそれを証明している。そこにあるだけのはずの財布が自分に対して、一体何をしているんだと言いたげである。

 沢田綱吉は自問した。
 この、店主に誘われるままに店の中に引き込まれたと思ったら店内のイートインスペースに問答無用に座らされ雲雀薊緋と向かい合わせに座る状況は何かと。

「新作なんだよね」

 佐助の手から二人の目の前にケーキとテーカップが置かれた。
 抹茶のロールケーキだった。白いクリームを巻き込んだ淡い鶯色の生地はふんわりと柔らかそうで、丸いフォルムのてっぺんには帽子を模したような白い砂糖菓子が乗せられている。
 薄手のカップ&ソーサーはシンプルで、白磁に青色の模様が走っている。
 そのカップの中と揃いのティーポットから紅茶が注がれた。
 蛇足だが、佐助の格好は間抜けなエプロン姿ではなく、内装に合わせたギャルソン姿に変わっていた。
 いつの間に、と内心驚愕していたのは綱吉ただ一人だが。

「食べたら感想、聞かせてね」

 そう言うと、佐助は奥へ引っ込んでいった。
 感想をと言った割には無関心で、綱吉はケーキに手を出すより前に少しだけ視線を起こした。
 目の前の雲雀薊緋はケーキよりも添えられている装飾の多いフォークを見るのに熱心で、二人のケーキは一向に手を付けられないまま、紅茶の温度がゆっくりと確実に失われる。
 暫くの間流れた、主に綱吉にとって決して居心地の良いとは言えない静寂を割るようにして、カランカラン、と来店を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 音に真っ先に反応したのは叶だった。
 佐助と同じように、こちらも和服姿から白いシャツに黒いスラックス、黒いエプロンという簡易なギャルソン姿に変わっていた。
 白い扉の向こうから最初に見えたのは特徴的なリーゼントの端。続いて全体が入店し、そして店内にいた一名の姿を見てぎょっとした顔をした。

「何をお求めですか」
「……コレの詳細について、分かったらいつものように。早急に」

 叶の問いかけに、草壁は脇に抱えていた封筒をカウンターの上においた。
 それから一瞬だけカウンターから離れて、そして足を止める。

「それと…………フロマージュを二つ」

 叶は手早くケーキを箱に詰めて草壁に渡した。
 それを受け取り代金を払った草壁は、制服から出した携帯を開きながら、即座に店を出ていった。

 それから程なくして、本当に数分後に、来店を告げるベルが鳴った。
 カランカラン、なんて生易しい音ではない。ガラガラガラ、ぐらいの大きさと激しさだった。

「いらっしゃいませ」

 来店した人間は店主の形式的な営業トークなんて興味のないようで、店内を見渡しそれを見つけた。
 真っ直ぐイートインスペースに進む。入り口からそれほど離れていないそこは、彼にとっては数歩のこと。
 その一歩一歩は大きな音こそ立たないが、巨大な威圧感を伴っており、入り口に背を向けるようにして座っていた綱吉は背筋に走る悪寒に肩を大きく震わせた。

「なにしてるの」

 ひぃ、と。小さな悲鳴が綱吉の口から漏れる。
 絶対に目は合わせられない。しかし相手の視線はしっかりと感じられる。

「試食」

 答えたのは薊緋だった。
 そうは言ったものの、薊緋のフォークはまっさらなままで、抹茶のケーキも形一つ崩れていなかった。

 沢田綱吉は自問した。
 いったい何が間違いだったのかと。
 ただお使いに来ただけだったのに、どうして死の予感を感じるのかと。

 綱吉が盛大に汗を書いている目の前で、ようやく薊緋の手が動き始めた。
 ゆっくりと抹茶のケーキにフォークを突き立て、小さく食べやすい形に切ったそれをフォークに突き刺す。
 そして、極々自然な動作でやってきた弟の口の前に差し出した。
 雲雀はいつかと違って何の躊躇いもなくそれに食らいついた。
 彼らの動作の一つ一つが、まるで古い映画のフィルムの一コマ一コマを見ているように綱吉には感じられた。

「甘すぎる」

 それだけ言うと、カウンターの方に向かっていった。
 面白げに叶の口の端が上がっているのを見て雲雀の神経は逆立つが、それよりも先に用件を済ませてしまいたいと、何も言わないことにした。
 叶は雲雀の前に、先程草壁から受け取った封筒を差し出した。
 草壁が受け取った時よりも厚みの増しているそれを雲雀は受け取る。

「それで、代金は?」
「それならもう、貰ったよ」

 首を傾げる、なんて姉のように可愛い動作を雲雀がするはずもなく、どういうことかと言わんばかりに店主を睨みつける。
 そんな雲雀恭弥から視線を逸らさず店主は、人差し指でイートインスペースを示した。

「試作の感想、ありがとうございます。今後の参考とさせて頂きます」

 丁寧に、機械的に、叶は言った。
 ふぅん、と興味なさ気に雲雀は呟いた。

「知り合い?」

 商品の陳列を直しながら、佐助が雲雀に聞いた。
 見てわかんないの、と言わんばかりの射殺しそうな視線を物ともせずに佐助は続ける。

「さっきから見てるんだけど、彼女あんまりケーキ好きじゃないのかな?」

 雲雀は自身の姉の方へと再び視線を向け、そしてニヤリと優越感の滲む笑みを浮かべた。
 コレはサービスだよね?と、カウンター横にあったスティックシュガーを一本取り、洋菓子店なんだから牛乳あるよね?と奥にいたシャミセンに言いつける。そしてそれらを手にして再びイートインスペースに戻った。
 慣れた様子で紅茶にミルクを注いで、スティックシュガーを入れる。勿論量は彼女の好みの分量通り。
 そして綱吉側に置いてあったフォークを取り上げ、テーブルに備えてあった紙ナフキンで一度も使っていないそれを拭うと、くるくると琥珀の液体をかき混ぜ始めた。カップの中身が乳白色に変わりカップの底のざらつきがなくなった所で、フォークを引き上げ、それを後方に放り投げた。

「備品、大事にしないと今度こそ出禁にするよ?」
「そう」

 雲雀は全く気にしない様子で、薊緋を見る。

「終わったら連絡入れて」

 そして薊緋が頷いたのを確認すると、店を出ていった。
 今度はベルは静かに、カランカランと鳴った。




あのシチュエーションが美味しすぎて、他の人がいる前でやってみて欲しかった。完全に俺得な話。

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