綴り終わらぬ詩|東条叶視点
どういうつもりだろう。
簪を受け取った時。そしてシャミに鈴を渡した時にそう思った。
まあ、判李のことだからどういうつもりも何もないのだろう。
その判李はといえば、一緒に買ってきたらしい茶菓子を広げている。
コレを受け取ってから先、会話はない。まあ一緒にいるからといってずっと話しているわけじゃないからこれが普通だ。
判李にはああ言ったけど、いざという時に笄が挿せなければ困るからと、纏められる程度には髪は伸ばしている。
でも判李の前で笄を挿したことはないし………なんでまた。よりにもよって。
チリリ。鈴が鳴る。覚えのない音なのに視線がそちらへ向く。そこにあったものが違うもので、視線を簪に戻した。
素材は銀。描かれているのは流水と、きっと萩だろう。細かい意匠は手が込んでいて、太陽を透かして手元にできた影は、光を反射させて天井にできる水の影とよく似ていた。
判李の力が込められているというのだから、真正面から刀を受け止められると言っていたあの言葉に疑いはないだろう。
"銀"のモノを銀時が、なんて狙ったわけじゃないだろうけど、全く良く出来た話だ。
銀の弾丸は狼男や悪魔を撃退するらしいけれど、これは果たして何を退けてくれるのか。
それとも、退くべきは狐の男だろうか。
チリリ。鈴がなる。金属のものとは違う色なのに、どうしても視線がそちらに向いて……今度は視線を戻さなかった。
「シャミ」
呼びつけたシャミに、懐紙に書きつけたものを買ってくるように言って外に出ていかせた。
昔、小太郎に渡したのは金属の鈴。象牙の鈴とは音色が違う。なのについつい近くで鳴ると目をやってしまう。
僕が小太郎に鈴を渡したのは会話の為が第一だけど、魔除けの意味も込めてのこと。
なら判李は何を思ってシャミセンに鈴を渡したのだろうか。
"猫に鈴"ぐらいの気持ちだったのかもしれないけど。
それにしても、"シャミに象牙"なんて、まるで"三毛猫に三味線"と名付けたカミサマを思い出す。
ああそういえば、判李も死神様か。
チリリ。鈴が鳴る。思考を止めて視線をやれば、シャミが帰ってきたところだった。
お使いから戻る頃には日は傾きつつあり、シャミは赤く染まった手で頼んでいたものを差し出してきた。シャミはまだ判李に受け取った鈴を受け取った時のまま手に持っていたから、乳白色のそれも茜色に染まっていた。
頼んでいたものを受け取る前にシャミが手で持っていたままだった鈴を受け取り、シャミの持ち物を頭の中で巡らせて、懐中時計に紺の組紐を通した。
端的な指示で頼んだお使いだったが、渡されたのは言いつけに違わないどころか想像通りのものだった。
薄紫の和紙の貼られた扇子。シンプルで他にはなにもない、ただ少し右から左へグラデーションがかかっている。
もう一つは筆。とはいっても本格的なものではなく、最近発売された筆ペンだ。
片手しか開いていないので口でキャップを開けて、広げた扇子に思い浮かんだそれを書き付ける。
最初の五音節を書いた所で一度筆を止めた。そして少しだけ句を変えて続きを書き付け、最後に昔使っていた、もう使うことはないと思っていた麒麟の花押を添えた。
少しだけ仰いで墨を乾かすと、微かに香の香りがした。
「じゃ、そろそろ帰るから」
判李が立ち上がる音がする。
扇子を閉じて、判李を見る。
「判李」
「ん?」
書付をした扇子を閉じたまま差し出した。
判李は受け取り、それを目の前で広げる。
恥ずかしいような、むずがゆいような。そんな気分になる。
「叶」
扇子の文字に一通り目を通し、判李は僕の名前を呼んだ。そこで判李は一度口を閉じた。
"夕さらば 鈴の鳴くなる 三輪川の 清き瀬の音を 聞かくし良しも"
紫の和紙に書きつけた一句。
この世界では唯一、判李だけが正しく読み解けるかもしれないその一文。果たして伝わったのだろうか。
最初に会ったあの城の直ぐ側に流れていたのが三輪川なのは、教えた覚えはないけれど。それ以外は。果たして。
「字、下手なんだな」
僅かな沈黙の後、判李が僕に言ったのはそれだけだった。
少しの落胆が泡のように浮かんだけど、まあ仕方がない。
「……昔は必要があればシャミが祐筆を任せていた。最近はずっとボールペンだし」
「それにしたってコレ、最後の花押以外は全部"みつを"が書いたみたいになってるじゃねぇか」
「きたなくたっていいじゃない にんげんだもの」
僕が言うと、同じタイミングで僕らは笑い出した。
僅かな共有。それはなんて心地よい。
「ありがとな」
判李はいうと、扇子をたたんで懐にしまった。
そして浮かせた腰を元の場所に戻した。その瞬間、落胆から歓喜が萌芽した。
「帰るんじゃなかったの?」
伝わったのだろうか。
「んー、やっぱりもう少し居ようかな」
伝わったのだろうか。
「そっか」
伝わったのだろう。
それが何より嬉しいのだと、伝えることができればいいのに。
「じゃあ、夜は何を食べようか」
伝えてしまえばいいのに。
できるのは沈黙だけで。
素敵な贈り物に感謝感激。そして妄想の広がるままに書き連ねてしまいました。
叶の句は、万葉集の句をもじっています。
本来は"夕さらば 河蝦鳴くなる 三輪川の 清き瀬の音を 聞かくし良しも"
意味は"夕方になると、いつもカジカの鳴く声のする三輪川の清いたぎつ瀬の音を聞くのは、何ともいえずいい気持ちだ"
ついでに、「夕さらば」に「友さらば」のシチュエーションをかけてみました。「三輪川」は勿論、「三環」がかかっています。
なおかつ、元の歌の"河蝦"つまりカエルを隠すことで「かえるがない」=「かえらない」=「帰って欲しくない」というのを伝えたかったという。
以上を踏まえて作中の意味は"夕方になって三環から聞こえる鈴の音色は、三輪川のせせらぎを思い出すようでなんとも言えずいい気持ちだけれど、貴方が帰ってしまうのは少し寂しい"ぐらいの感じでしょうか。古文の成績は悪かったので若干だいぶ適当ですが、雰囲気だけつかんで下さい。
花押は織田信長の壮年期に使っていたものです。花押だけは目が見えるように鳴った頃から自分で書いていたので、綺麗にかけます。他はみつをです。
紫なのは、花の色なのは勿論ですが、シャミセンがもらった"紺色"より上位の色を使うことで、大事なんだよ、ということも伝えたいけど恥ずかしくて口には出したくないんだぜな感じを出したい色でした。そして何より"末広がり"の扇子に書くことで、「末永くよろしく」の意味もこもっている。
総括して懐かしい思い出をありがとうあいらぶゆー、という具合の話ですが、伝えきれていない感じであれなにこの解説なしだと意味不明な話。