奇妙な邂逅|7.有刺鉄線の赤い糸

 次の日の朝。村長らに見送られ村を後にした一行が向かったのは北だった。
 ダオスを倒す。それに必要なのは失われた力である魔術だとクレスは語ったが、それがどこに行けば手に入るのかは誰一人として検討がつかなかったため、フローリアンの預言にあった"精霊との繋がりを求める者"や"禁忌の子供"を探してみようということになった。
 そしてフローリアンの語ったとおり、北のユークリッド村にはクラース=F=レスターは存在していた。
 村の人間の話からわかったのは、二人暮らしで、偏屈で、魔術の研究をしているということ。
 村人に"クラース"の名を出すだけで尋ねた人間の風体も相まって、何かしたのかと接頭しながら家の場所を教えてくれた。
 そうして辿りついた藁葺き屋根の家屋を前に、ミントは意を決して声を発した。

「ごめんください」

 反応はない。
 二度三度と繰り返すが、やはり反応はなかった。

「留守とか?」
「まず出かけないって言ってたからそれはないんじゃない?それに、人の気配はある」
「わかるのか?」
「音がするからねぇ」
「いや、全然聞こえない」

 デルカの言葉を佐助が否定しするが、デルカは言葉を重ねてさらに否定した。

「ミラルドって人が留守だから出てこないだろうって、さっきの人は言ってたけど、どうやらホントみたいだねぇ」
「出直す?」
「そうですね……」

 クレスが諦めを見せたため、皆はどこに宿をとるかと考え始めた。
 そんな中で一人考え込んでいた暁は、小声で佐助に本当に中にいるんだな?と念押しする。
 佐助は頷き、暁は一歩前へ出る。そして中にまでしっかりと通る声で言った。

「そもそも人選を誤ったのではないか?」
「え?」
「どうやらここに住むクラースという人間は相当な偏屈らしい。今もまたご覧のとおりだ。
往々にして大した研究をしていない人間は、実力を隠さんとして研究の名前さえも秘匿する。
もとよりミラルドとかいう人間を通さなければ話すらできないのであれば、頼りにはなるまい。時間の浪費だ。
とっとと他を当たったほうが、よほど有益だろうと思うが」
「暁さん!」
「ほら、扉すら開かん。図星なのだろうさ」

 暁が家に背を向けたところで、扉が開いた。

「人の家の前でごちゃごちゃと五月蝿いな。私に何の用だ」

 青筋を浮かべた男が出てきた。
 男が歩くたびにカラカラと音が鳴る。服にぶら下がる鳴子が互いにぶつかり合って音を奏でている。
 茶色の服に鳴子をたくさんぶら下げているのも異様だが、顔には隈のような刺青が施され、手足にもまた揃いの奇妙な模様が彫られていた。

「言っておくが、無益な話なら即刻追い出す。入れ」

 ぶっきらぼうに男は言った。





 テーブルの一席にクラースが座り、その対面にクレスとミントが座った。
 もとより椅子は四脚しかない。自然と他の人間はクレスとミントの背後に控える形になる。
 二人の背後には暁とフローリアン。そのフローリアンの隣にデルカが立ち、少し離れた入口近くに佐助が、逆により家の中に近いところに叶とシャミセンは落ち着いた。

 クレスとミントは切々と魔術の必要性を説いた。
 だが、そもそも二人を受け入れる気のなかったクラースは、二人の要求を体よくあしらおうとしていた。
 ダオスを倒すという目的もまた、壮大な妄想と切って捨てる。
 それでも引き下がらない二人に業を煮やすと、クラースは視線を巡らせ、そして叶に目をつけた。

「そもそも人に何かを頼むというときに顔を見せないというのはどうなんだ」

 皆の視線が一気に叶へと向かった。
 あの、それは、とクレスが取り繕おうとするのを見て、クラースはここぞとばかりにそれを攻め立てる。

「突然押しかけ、家の前で散々に私を罵るという無礼。入れてやったと思えば、話を聴かなければ外にも出さんと言わんばかりで、なら話はといえば酷い誇大妄想。大道芸人以上に奇妙な格好の人間だらけで、挙句に面も見せないとは、信用してもらおうとする気概が感じられん。わかれば、」
「なるほど、道理だな。では……これでどうだ?」

 あれほどまでに面を取ることを渋っていた叶は、クラースの言葉にあっさりと従った。
 皆も自然に息を呑む。

「アレ。意外とフツー」

 だが思わずデルカがそう言ってしまうほどに、これといって何かあるわけではなかった。
 しいて言えば、器用にも片目が閉じられているだけ。
 精悍ではあるが、はっきり言ってしまえばそれだけだ。適度に年齢を重ねたその顔は、人に隠さなければいけない部分があるようには、誰の目にも写った。
 ただ、一人を除いて。

 クラースが押し黙ったところで、暁が声を発した。
 あの家の前とは全く違う、紳士的な態度だった。

「貴方がこの席につくまでの非礼を詫びます。けれどそうまでしてでも、私たちは貴方の力を欲し、話だけでもさせて頂きたかったのです。
私どもの話はあなたには酷く壮大で滑稽に映るやもしれません。が、私たちは本気です。
だからこそ、他でもないこの村を訪ねました。
この世界の危機的状況を誰より理解し、魔術に造詣の深い貴方であるなら協力してもらえるだろうと、そう信じています」

 そうして……クラースは深々と溜息を付いた。

「どうあっても、折れるつもりはないということか。ならば条件がある。
まず初めに私の研究のことだが、そもそも私の研究は魔術ではない。精霊たちの力を借りて魔術を行使する方法を探ることだ。
理論的に実証が可能であることは分かっている。が、条件が整わない。
まず精霊たちの力を借りるには契約を結ぶ必要がある。そして契約には指輪が必要となる。その上、精霊たちは人間が足を踏み入れない場所にいる」

 そう言いながら、クラースは一度席を立ち、戸棚から小箱を取り出した。
 中には緑色の石の嵌った指輪が入っていた。

「いくつか存在の確認されている指輪のうち、ひとつについてはこうして入手ができた。精霊の所在も分かっている。
問題は契約だ。君たちにはその手伝いを頼みたい。
悪い話ではないだろう?もとより契約が結べない私を君たちは必要とはしまい。私はそもそもエルフではない人間だからな。魔術は使えん。
契約を自分たちで結びたいというのならば、協力はできない。易々と研究結果を渡す気はないからな。
さあ、どうする?」

 試すように、クラースはクレスを見た。

「ぜひ、協力させてください」

 クレスは即座に言い、手を差し出した。





 家人に出かけることを言っておく必要があるから、と出発は明日になった。
 困ったのは宿だった。
 小さな村の宿では六人を収容するのがやっとのこと。
 幸いにしてクラースの家は広かったため、八人のうち四人がクラースの家に泊まることとなった。

「宿の心配もなくなったことだし、俺はちょっと武器屋に行ってこようかな。
クレスも、剣、磨いといたほうがいいんじゃねェの?」
「そうですね。佐助さんと三環さんはどうですか?」
「俺はいいよ。ほら、俺様の武器ってさ、特殊だし」
「必要ない」

 三環は無表情に、佐助はへらりと笑って、それぞれ言った。
 そのやりとりを見たクラースは、皆に視線を一巡させた。

「これから向かうローンヴァレイは風が強い。特に叶のような軽装では体力を奪われるだろう」
「あー、叶にそれを言っても無駄無駄。山道超えるときにも俺らで散々言ったけど、聞きゃしなかったんだ」
「心得ているではないか。ようやく耳のタコが取れそうだ」

 デルカの苦言も嫌味もどこ吹く風で、叶はくるくると懐から出した煙管を回していた。

「吸うなよ」

 クラースは叶に釘をさすと、自室へと戻っていった。

「何度も言うけど、付いてこれなくなったら容赦なく置いてくからな」
「我にかまけていると店が閉まるぞ?」

 やはり今回も忠告に耳を貸すことはなかったと、皆それぞれ溜息を付いたり困ったような顔をして、クラースの家から出て行った。
 土を踏む音が次第に遠ざかり、空間が静まり……そうして、最初の位置から微動だにしない叶と三環、そして佐助だけが残った。

「お面はもういいの、魔王さん?」

 静かに、佐助は問いかけ。
 静かに、叶は応えた。

「我の顔が恐ろしいのか、猿飛佐助」
「俺様が怖いから、そんなモノつけてたんじゃねぇの?」
「草風情が己惚れるな」
「無自覚って怖いねぇ」

 互いに顔を向けているのに、決して視線は交わさない。

「まさかこんなところで、アンタ会うとは思わなかったよ」
「それはこちらのセリフだ真田の猿。忍の長が主人を鞍替えとは思わなんだぞ。甲斐の若虎はどうした」
「アンタの知ったこっちゃねぇよ」
「知らぬは貴様だろう、猿飛佐助。アレは確かに、我が屠った」
「へぇ、そう。アンタこそ、本能寺で明智に殺されたんじゃなかったの?」

 一触即発。もしシャミセン以外のギャラリーがいたならばそう思ったことだろう。
 だが、何事もなかったかのように佐助は無意識に手をかけていた武器をしまい、叶は面をつけた。

「我を殺すかと思ったが?」
「冗談。俺様忍よ?無意味なことはしないの」

 叶の挑発を佐助は鼻で笑った。

「では、その優秀な忍にひとつ。我をその名で呼ぶな」
「魔王?…ああ、確かに。要らぬ誤解は面倒だね」

 この世界で魔王と言えば、ダオスを示す。
 下らない誤解に巻き込まれてはたまらないと、佐助は軽く了承した。





「アレ。もう付けちゃったの?」
「落ち着かぬでな」

 クラースの家に戻ったデルカは叶の姿を見るなりそう言った。
 同じくして防具を見ていたミントたちも戻り、それほどあからさまではないにせよ気になるのか、ややゆっくりと叶を見た。

「別に隠さないといけないような顔でもないのに、何でまたそんな面を付けてンの?」

 誰もがそう思いながら、しかし誰もが口にできなかった核心をデルカはついた。
 皆、少なからず興味の篭る視線で叶を見つめる。
 そして。

「趣味だ」

 すっぱりと叶は言い切ったのだった。

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