Chasm(in bsr/前田)|ギムナジウムデイズ|主人公視点

「あと3回……か」

 不満げに札を握り占めた慶次が呟いた。
 人よりもいい僕の耳は、喧騒の中でも慶次のそれを容易に拾い上げ、自然と口から溜息が漏れた。

「……だから博打はやめたほうがいいって言ったのに」
「つっても、もう金もなくてなぁ…」
「それはそうだろうね」

 きままに遊び歩いていれば、どれだけ銭があっても足りはしない。
 仕事をすることもあったが、残念なことに島津の領地は平和であまり護衛や用心棒のような慶次に向いた仕事は無く、かといって島津義久が旧知であるからと言っても金の無心をするわけにもいかず………そうして消去法にてたどり着いた方法が博打であった。
 まあそういうことも何度かあり、そのたびにそれなりに稼げてはいたのだが、ついに運も尽きたらしい。
 奇数か偶数かを当てるというただそれだけのはずなのに、いっそ見事なまでに外れを当て続けている。
 そうしてとうとう、最後に一度だけ賭けられるだけの金しか手元にはなくなっていた。

「それが、もし終わっちゃったらどうするの?」

 そうだなぁ、と慶次はひとりごちる。

「さすがにこんなところで借金をつくったら、まつねえちゃんや利に本当に迷惑をかけるからな。
おとなしく家に帰るさ」

 荒子のあたりまでの旅費ぐらいは、どこかに取っておいてあるのだろう。
 もうすぐここを出られると安堵したところで、ぽん、と頭に大きな手が乗せられた。

「本当は、もっといろんなところに連れてってやりたかったんだけどな」

 酷く残念そうに言われた直後、賭けが始まる声が掛けられた。
 慶次の体が賭場のほうへと向けられ、膝に乗せられている僕には振動で意気込みが伝わってくる。
 乗せられていた手は既に離れているが、なんとなく感触が残った頭を撫でて少し考え………よし、と気合を入れた慶次の襟を掴んで、慶次の耳に口を寄せた。

「ねぇ、慶次。次、僕が賭けちゃダメかな?」
「ん?珍しいな。いいぜ、やってみな」

 快諾された僕は慶次の膝の上に座らされる。
 他の客たちは僕らを野次りながらも、誰も何も言わない。まあ、負けているからだろうけど。
 いいぜ、やってみな。と威勢のいい壺振りの声が僕にかけられ、それに僕は笑顔を返した。

 勘は頼らない。
 頼るのは、耳。

 掛け声とともに、カランと壺の中にダイスが投げ込まれた音がした。
 筒の中でバウンドする乾いた音が、罵声の中に混じる。
 サイコロの形を思い描いて、その動きを再現する。

 描けた。

「サンゾロの丁」

 真っ先に賭けたのは僕で、最後の札を慶次が僕の前に並べた音がした。
 次々に掛声が加わり、壺が開かれると歓声が上がった。

「すげぇじゃねぇか、叶!」

 心の底からの喜びの声を発した慶次は僕に抱きついてきた。

 そうやって追い出されるまでに荒稼ぎをして、薄っぺらだった財布はすっかり膨らんだ。

「これで…、」

 そういいながら勘定を始めようとした慶次の手から、財布を取り上げた。
 何をする気だ?という慶次の疑問には答えず、同じく自分の懐からも、空っぽの袋を取り出して膝の上におく。

「まずは、くじら屋のツケでしょ」

 財布の中から、銭をいくらかより分ける。

「次に吉野のツケで…」

 次々に慶次がツケにした店の名前を挙げながら、銭を空っぽだったほうの袋へと移して行く。
 慶次はその間ずっと無言で、一切何も言わなかった。

「後は、有楽斎に借りた分を返して…っと。コレで終わりかな?」

 言いながら、随分軽くなってしまった財布を慶次へと返した。
 あまっているのはといえば、加賀に帰るのにギリギリで必要なぐらい。
 それがわかったのか、慶次は小さく溜息を漏らした。

「……………もうほとんど残ってねぇな」
「うん。だから、借金を返しながら利家さんたちの家に戻ろうね?」
「………ああ」

 仕方が無い、といった風に慶次は笑い、僕の手を引いて宿へと向かった。

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