Chasm(in bsr/前田)|群青を纏う少年に問う|前田慶次視点
山の神を見つけたと思った。
立ち寄った村に依頼を受けた。
内容は、畑を荒らす獣の退治。畑だけでなく、家の中のものも取っていくらしい。
山の麓なのだから、狸や猿に畑をあらされるのは日常茶飯事。
罠を張るなり見つけたら追いかけるなりするか…とにかく積極的に山に行くのは労力の無駄だろうと説得をしたのだが、詳しい話を聞き、畑を荒らす犯人が山犬だと聞いて考えを改めた。
肉食のはずの山犬がなぜ畑を荒らすのか。それはわからないが、村人にしてみればたまったものではない。
畑の被害は軽微だが、だからといって見逃せるものではないし、それ以上にいつ自分たちが襲われるとも限らない。
ここは叔父夫婦の治めている土地だということもあって、俺はその依頼を受けることにした。
そして、真っ白な山犬と寄り添っているそいつを見つけた。
間引かれた子供だろうと思ったが、どうも違うような気がした。
何故だかはわからない。根拠などなかったが、この世のものではないように見えた。
年の頃は14ぐらいだろう。全体の線は細く、薄汚れているがきっと肌は白い。その頬に黒い髪がとても映えた。
「誰?」
子供が声を発した。よく染みる涼やかな声だった。
目を閉じたまま、こちらに顔を向ける。
子供が腰掛けるようにしている山犬は俺を警戒をするように山犬が耳を立てるが、こちらに攻撃をしかけてくる様子はない。
俺は攻撃の意思がないことを山犬に示しながらそいつらに近づいて、目の前に腰を下ろした。
「よぉ。俺は慶次っていうもんだ」
「…叶」
ぽつりと呟いたそれが名前だと気づくのにしばらく掛かった。
そして子供を観察すると、小さなその手に握られているものに気がついた。
「お前さんが命じてたのか」
「命じる?」
「それのことだ」
手の中の握り飯を握る手を小突いた。
辺りを見れば、大根などの野菜が転がっている。獣の歯型と子供の齧ったような跡が残っている。
途端、叶は溜息をついた。
「……シャミ。やっぱりこれ、どこからか盗ってきたものだったんだね」
言うと、山犬が一度だけ尾を振って叶に顔を擦り寄らせ、切なげな声を発する。
まるで言葉がわかっているような様子だ。
よくよく見れば転がっている野菜はどれも生で食べられるものばかりで、握り飯も持ってきたところから頭がいいのだろう。
山犬を優しく撫でた後、叶は小さく頭を下げた。
「ごめんなさい」
「それは俺に言われてもなぁ」
「そう…だよね」
半分残った握り飯をどうしようかと考えていたようだが、食っちまえというと、もそもそとそれを食べ始めた。
食べ終わったところで、山犬がその頬についていた粒を一つ舐めとった。
叶はくすぐったそうにしながら、眉尻を下げる。
まるで絵画の一部を切り取ってきたような光景だと、漠然と思った。
「シャミを退治に来た人?」
「………ああ」
「そっか」
一度だけ迷うように首を傾げて、そしてはっきりと言った。
「見逃してくれないかな?」
「そういうわけにはいかねぇな。この辺りは一応俺の親戚の土地なんでな」
「すぐに出て行くから」
「当てはあるのかい?」
どのような返答があるのか、分かっていながら俺は聞いた。
叶は長いまつげを震わせる。
「あったらこんなところにはいないよ。村の人にごめんなさいって、代わりに言っておいてください。
行こうか、シャミ」
立ち上がろうとするそいつの肩に俺は手を置いた。
「見逃すわけにはいかねぇ。そういわなかったか?」
「僕らを殺す。そういうこと?」
「はあ?誰がそんなこと言ったんだ?」
ようやく、どうしてコイツがこの世のものでないと思ったのか、ようやくわかった。
「お前に生きるってこと、教えてやるよ」
生きるってことを知らない。そういうものに見えたからだ。