Chasm(in bsr/北条)|僕の手の平があるから|風魔小太郎視点

 戦忍に声は不要。
 音は戦場や暗殺に赴く先で居場所を悟らせる。それは殺すべきもの。
 他の忍びへの指示は、腕の動作で過不足なく伝達可能。

 拷問にも問いかけなど不要。
 無言は言葉以上に標的に圧力となる。
 眼前の死に人は従順。喉元のクナイは言葉を引きずり出す。

 雇い主との契約は書面の交換で十分。交渉は動作で全てを示せる。後は主の命に従うのみ。
 主との意思疎通は命令への了承のときだけ必要。報告は書面で完了する。

 主に与えられた任務は警護。
 通常の門の警備ではなく警護。理由は不明。
 しかし警護とは外敵の排除。門の警備と任務内容に大幅な変更はない。問題はない。

 護衛対象は黒髪で齢は10。北条氏直の息子で盲目。
 以前一度だけ面識が有る。ただし記憶しているのはこちら側のみと推測される。

 主により連れてこられた護衛対象は、部屋の中心に座らされた。
 障害となりそうな調度品のない部屋。気配の察知は容易。現在この部屋にいるのは主と護衛対象と忍びのみ。
 この場での待機。護衛対象への説明は以上で、主は来客の相手の元へと戻った。

 問題はあった。門と人間。護衛の勝手が違う。

 先ず、人間は動く。基本動かないが、必要時には動く。
 厠は必要。壁を伝って歩き出すその背中を追いかける。

 次に、人間は音を出す。時間を持て余した護衛対象は、笛を吹こうとし始めた。
 音は危険。息を吹き込むより前に取り上げた。

「え?」

 一文字だけ声を発し、しばらく宙に手を浮かせたまま硬直。
 笛をその手の上に乗せると、目を閉じたまま顔を向けてきた。

「えっと…こんにちは?」

 首を傾げての発言。
 今のは挨拶…返答は不要?
 知識にも経験にも対処法は不明。

「気づかなくてごめん。
えっと…ああそうか。笛は駄目なのか。ごめんね。
その、実は、なんでここに連れてこられたのか知らなくて…」

 護衛対象は、ここの場にいることだけを命じられている模様。
 状況認識の齟齬は危険。共通認識の構築が必要。
 その点に関して相手と思考は一致した様子。

「誰なのかな?父上やお爺様の家臣の人?」

 問われるが、返答不可能。
 首肯も筆談も伝わらない。
 戦忍の知識の中に、主でないが傷つけてはならない、目の見えない者との意思疎通の方法は見当たらない。

「あの…」

 声に見えるのは不安。
 不安を治める方法は、意思の疎通。しかし疎通は不可能。
 護衛対象の心理的状況の悪化は忌避すべき。知識が伝える。
 首肯と筆談以外の方法は………。

「はい」

 差し出されたのは手。大きさは自分の半分ほど。

「僕が質問して、やっていいことだったら丸、駄目なことだったらバツを書いてくれないかな?」

 忍びが護衛の対象に触れることの可否は不明。しかし現在の状況下では必要。
 返答の代わりに、相手の手の甲に指先を添えた。
 護衛対象の顔に安堵の色。これは正解。
 思考をめぐらせる護衛対象の言葉を待つ。

「この部屋から出るのは?」

 質問への返答にバツを描く。

「笛を吹くのは?」

 同じく手の平にバツを描く。

 続けられる質問に、可は丸、不可はバツを描く。
 一通りの質問が完了。
 "極力この部屋から出ず、音を発せず、動かない。"
 最低限の意思疎通は十分。

「それじゃ…改めて、よろしくね」

 その言葉に手の平に丸を描いて、そして手を放した。

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