Chasm(in silver soul/京都編)|ハニーサイドターン|高杉晋助視点

 あのときは叶が居た手前その先には行けなかったが、多少気になりはする。
 あの何もかもを憎しみで塗りつぶさんばかりのあの男を惚れる、または惚れさせた女。それは一体どんな女なのか。
 墓石の下にいるのだから会えないことは明白だが、気づけばあの寺の石段を俺は登っていた。

 わざわざ足を運んでみたものの、東条、なんて名前の墓は見あたらない。
 そう墓石の数は多くなかったから、どこかにはあるんだろうが、探す目安はとんとつかない。

「どなたの供養ですかな?」

 そうやってずっと墓の前を行ったり来たりしていたからか。後ろから声がかけられた。
 振り向けば両目を閉じた坊主が一人。

「そのつもりだったんだが、名前を忘れてな」
「ははは。おもしろいお方だ」

 穏やかな顔に柔和な笑みを湛えて坊主は言った。

 そのまま茶に誘われて寺まで案内される。
 坊主の足に合わせていたから随分と時間がかかってしまった。

「目は昔は見えていたのですがね。見えなくしたんですよ」
「そりゃまた、物好きなことだな」
「それがこの寺の住職となるためのしきたりでして。
敢えて目をつぶすことで、見えないものをみようとする…元々は、前田利家の兄、佐脇良之が三方ヶ原の戦いにて目を怪我し、この寺の僧になったことに由来するのですが」
「するってぇと、この寺には信長の縁者でも供養されてるのか?」
「はい。織田信長公の正室であらせられた、濃姫様が。
まあ、あるのは墓石だけなのですがね」

 それは興味深い話だった。

「俺の探している墓と同じだな」

 言えばまた坊主は笑う。
 よく笑う坊主だ。

「行ってみますか?」
「…そうだな」

 どうせ墓など見つかりはしないのだからと、坊主にその墓の前まで案内させることにした。

 墓は質素だった。
 正室の墓にしては名前すら彫られていない巨大な岩があるだけ。
 あんまりな扱いの理由を聞けば、信長が濃姫の墓の所在を秘匿するためにそうしたのだと伝わっているらしい。
 ただ前田家とその縁のものだけには、濃姫の墓の場所を伝え、その供養を任せたという。

「魔王の嫁ってのはどんないい女だったのかねぇ」
「絶世の美女とは伝わっていますが、文献の類は全て京都大火で失われてしまいましたので、詳しいことまでは」
「そういやァ、この寺は無事だったんだな」
「この寺は、あの京都大火の後に建てられたものですからね」

 全てが消し炭になったというのに寺だけ残っているはずもない。
 それも当然か、と納得した。

 それから坊主は、ごゆっくり、と一言だけ言って去っていった。
 墓の前の手頃な岩に腰掛けて、叶と同じように、煙管を吹かすと、揺らぐ紫煙の向こうに誰かの影を見たような、そんな気がした。





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message:「心から遥かな場所に本当のこと」の番外編仕様で主人公がいない時に晋助がそのお墓に行ってほしいです。
確かに、興味本意で高杉は墓まで行きそうです。

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