Chasm(+ Sasuke in Reborn)|想うだけは自由|主人公視点
店内に入れたクマにCLOSEの看板を下げさせて店内を見渡せば、シンと静まり返った店の奥から鍋を沸かす音が微かに聞こえた。
厨房に立つ佐助の横を通りすぎて、物干し台がようやく置けるだけの大きさの庭に出ると、夕焼け色に染まった深緑が僕を出迎えた。
いくつもの短冊をぶら下げたその緑は、庭を占領するだけでは飽きたらず、裏路地にまで垂れ下がって道を塞いでいる。
そして笹の葉には、びっしりと願い事が書かれた短冊が下がっている。
毎年一枚ずつ増やすものだから、随分と増えてしまった。それに比例するようにして、用意する笹は年々大きくなった。
こんな巨大な笹を庭においていれば近所から苦情の一つもきそうなものだけど、むしろこんな大きい笹どこから見つけてきたんだというツッコミしか来なかった。
この街は無頓着であってこそだとは思うけど、それでいいのだろうか。
風が起こり、笹の先が上を向き、そしてまた元に戻る。
笹の一番先につけた紫色の短冊が、笹の動きから一瞬遅れて、また元に戻る。
「叶」
佐助の声に振り返り、小さな縁側に用意された熱燗の隣に座った。
既に酒の注がれた杯を手に取り、一気にそれを喉に流し込む。
風が起こり、笹が横に大きく揺れ、そしてまた元に戻る。
沢山の白い短冊の中に、原色を溶かし込んだ赤色が踊り、また元に戻る。
これは毎年続けている儀式、みたいなものだ。
正確な命日なんて忘れてしまった酷い男だから(だって君はいつだって僕の見えない所でいなくなった)
だからその代わりに、数少ない一緒に祝った日に、面影を思い出すのが習慣になった。
風が起こり、けれど今度は笹は揺れない。
沢山の白い短冊の中に、君の色が埋もれて見えない。
少ないけれど、それでも数えられるぐらいはあった二人で祝った日の中で七夕を選んだのは、カミサマの影響。
もしかしたら……もう一度と、期待してしまう自分がいる(だって彼らは時を超えて会っていた、なら)
「上総介様」
背後から声がした。
それは記憶の中の彼女と寸分違わない声質の、覚えのない声色のもの。
声に振り返ることはなく、目を閉じる。
「上総介様」
同じ声色が繰り返されて、視界を黒く染めたまま、思わず口を動かした。
息を乗せず口の形だけで名前を呼ぶ。
全く、女々しいったらない。付き合わされる方もいい迷惑だろう。
だけど今日ぐらい。
「上総介様」
ガサリ、と不自然に緑が揺れた音が聞こえ、目を開けた。
そこにいたのはーーー