「…とまあ、こんな感じで下水道にいます。地上がとっても恋しいです。
折角四十六室を出られたと思ったら、暗くてじめじめしたところとか最悪です」
『それは悪かったね。』
丁寧口調で苦言ばかりの現状報告を藍染さんにすると、苦笑が返ってきた。
阿散井恋次に受けた主人公の怪我を治療した花ちゃんが、今度は岩鷲の怪我を治療して、皆眠ったところで見張りを申し出た。
花ちゃんも岩鷲も不安げではあったけれど、疲労が蓄積していたことと、ここを通る死神はまずいないということも説明し、なんとか丸め込むことができた。
もちろん、ちゃんと見張りもするつもりだけど、それ以上に藍染さんと連絡を取るためだ。
藍染隊長暗殺事件は無事に起きて、今は四十六室にいるらしい藍染さんとの連絡手段は、シャミに手助けをしてもらったルート。
細かい説明はさっぱりだが、鬼道を使ってのものだから感知される心配はない。
現に目の前の三人も気づかず、寝息を立てている。
現状報告を終えて、通信を切りかけたところで、あることを思い出して藍染さんを引き止めた。
「あ。藍染さん。一個お願いがあるんだけど」
『珍しいね。何だい?』
「ウチの隊長に連絡いれちゃ駄目かな。このままだと僕、怒られるんで。
それにそろそろこのリョカの動きも止めとかないと、計画に支障が出ると思うよ」
『そうだね…構わないよ。』
「ありがとう。それでは」
次に繋げたのは、更木隊長。
一角さんにアドバイスを受けていたはずなのに、現在位置はセンザイキュウから離れた場所。
きっと副隊長の案内の所為だろう。
いつもそうやって迷子になった二人を探すのも僕の役目だったから、副隊長のナビで迷子になっていくその様子が目に浮かぶ。
「更木隊長。聞こえますか」
『叶か?』
声をかけて、今自分がしていることの危うさに気づいてしまった。
今通信ができているのはシャミのお陰で…それは霊力を用いていないもの。相手に不審を持たせるに十分。
気にしていないといいけれど、と話を続ける。
「センザイキュウに続く北の長い階段、知ってます?」
『ああ。知っている。それが何だ?』
「今からそっちに一角を倒した強いのが行きます」
『ほぉ。で、お前は何してんだ?』
「センザイキュウに行きたいんですよ。渦中の人の顔。どんななのかなぁって」
『ちっ、物見遊山かよ。わかった。通してやる。』
もしかしたら、この霊力を使わない通信手段について突っ込まれるかとひやっとしたが、隊長は全く気にしていないようで、何事も無く通信が終了した。
「シャミ、働きっぱなしだけど大丈夫?」
ここ最近働きづめだ。
シャミは何も言わないけれど、もしかしたら疲れているかもしれない。
「問題ない」
けれど、シャミはいつもと変わらない調子で、言い切った。
「ごめんね、いっぱい色々お願いして…でも、もうすぐ全部終わるから」
物語の終局まであと少し。
走っていると、唐突に息苦しさを感じて倒れてしまった。
岩鷲さんの声が遠い。
「落ち着いて花ちゃん」
叶さんに抱きしめられて、行くうちに呼吸を取り戻す。
ようやく自分を保てるようになって、岩鷲さんが見据える先を見ると、更木隊長と一護さんが対峙しているのが見えた。
アバライ副隊長を破った一護さんといえども、更木隊長に敵うはずがない。
止めなければ、と立ち上がろうとしたところで、更木隊長を見据える叶さんの横顔を見て固まった。
「楽しそうだなぁ、隊長さん」
「何を暢気に構えてやがる!」
岩鷲さんが怒鳴っても、いつもと変わらない調子。
さっきは迷子になっていたのがばれて怒られるかもって言っていたのに………。
「まさか…」
「ごめんね。隊長さんが戦いたがってたから」
その一言で、更木隊長に連絡を入れたのが叶さんだとわかった。
裏切られた気持ちでいると、叶さんが立ち上がって更木隊長に背を向けた。
「こっち。大丈夫、隊長さんは僕らは見逃してくれる」
差し出されたその手をとっていいのか。迷ったけれど、道は他にはなくて。
「十一番隊四席の東条叶です。こっちがシャミ」
岩鷲さんと花ちゃんが振り返って六番隊の隊長さんを確認しているのをよそに、僕は朽木さんに自己紹介をした。
岩鷲さんや花ちゃんと牢まで行って、岩鷲さんと朽木さんの問答を見ていると、なんとなく空気が変わった気がした。
僕にはさっぱり感じ取れない。多分シャミが防いでくれているのだと思う。
岩鷲さんや花ちゃん、そして朽木さんの表情が変わったから、きっと六番隊の隊長さんが現れたのだろう…というのがここまでの経過。
すると、いきなり僕の胸倉が掴み上げられた。
「馬鹿野郎!何暢気に自己紹介なんかしてんだよ!!」
「だって、まだ僕一人だけ、朽木さんに誰なのか分かってもらえてなかったと思うし」
「思うし、じゃねぇ!!」
僕に怒鳴った岩鷲さんは、思いついたように僕を前へと押し出した。
「オマエ十一番隊だろ!何とか、」
「なるわけないじゃない。
だから僕は、事務処理のために十一番隊いるんだってば。隊長格と戦うなんてムリムリ。見ての通り手ぶらだし。
普通の四席だって、隊長さんと渡り合えないんだから」
ぱたぱたと手を振って否定する。
表向きシャミが斬魂刀ということになっているけれど、その事実を知る人間はほとんどいない。
僕自身が目立たないこともあるし、市丸隊長の言うとおり具象化したままの斬魂刀なんて他に類を見ないから。
岩鷲に舌打ちと一緒に放り投げられた僕の身体を、シャミが支えてくれた。
そうしているうちに、なんだか花ちゃんが出て行くことになって、そして男気を見せた岩鷲さんが前へ出た。
まあこのまま原作どおりなら、怪我はするけどみんな生き残って終わりのはず。
「ならない」
僕の思考を読んだように、シャミが否定した。
「へ?」
「あの男は殺される」
「それは…困ったね」
「叶さん?」
花ちゃんの疑問符に応えず、前を見る。そこにはすでに剣を構えている隊長さんの姿。
後は解号を口にするのみ。
あの男。たしか原作では生き残っていた。じゃあ…助けないとまずいかも。
「シャミ、お願い。こっそりね」
付け加えた条件の通り、シャミはこっそりと男を生かした。
攻撃は大方そのままで、けれど急所に当たるはずだった攻撃だけは外して…ってところだろうと思う。
しかし、さすが隊長さん。違和感は感じ取ったらしい。
少し自分の手元を見つめて、けれどすぐに気を取り直して、今度は僕らに向かって柄だけになった刀を振りかぶった。
二度目のピンチかと思ったら、現れたウキタケ隊長に攻撃を止められ、僕らは事なきを得て、主人公が現れた。
後は僕らが牢屋に行くのみ。後は傍観を決め込んで…っとその前に。
「シャミ、お願いね」
皆がオレンジ頭の主人公さんたちに気を取られている隙にやっておかないと。
そう思って言うと、シャミは僕にだけ分かるほど僅かに頷いてみせた。
牢屋行きだが、結局僕は回避できた。
「ありがとうございます、更木隊長」
「いいってことよ」
頭を下げると、全身に包帯を巻いた更木隊長が不敵に笑った。
副隊長の姿はない。リョカの一人を見つけて迎えに行ったのだという。
「ま、君は"一応"連絡を入れていたからね」
「ったく。大人しく隊舎にいろよな」
見え隠れするのは、不器用な彼らの優しさ。
「はい。わかりました」
けど、ごめんね。
心の中で謝りながら、向かったのは四十六室だった。
出て行ったときと違って、四十六室には死体がつみあがっていた。
東仙さんの隣をすり抜け、向かうのは地下議事堂。
心なしか、シャミの目が輝いているような気がする。
やっぱりここにしてよかった。
世界脱出の鍵を見つけた今。一番がんばってくれたシャミに一番好きなことをして欲しかったから。
「ありがとう、シャミ。助かった」
「そう」
「僕はここから動かないから」
「そう」
それだけ言うと、シャミは手近な巻物を取って黙々と読み始めた。
僕はじっと、頭上で何かが起こっている気配を感じても気にせずに、その後姿を見つめ続けた。
「あれ…なんで四本?」
そう呟いたのは誰だったのだろうか。
分からないが、その一言で皆いっせいに視界をめぐらせて、そして一団よりも遠いところに伸びている光の根元に、死神が一人いるのを見つけた。
「藍染さん。折角こそこそしてたのに、こんなド派手じゃ台無しじゃないですか」
「別にもう隠れる必要はないのだから構わないだろう。だって君は僕の部下なんだから」
拡声器でも使っているのか、遠くなのに声がよくわかった。
しゃがんで不貞腐れたように頬杖をついている。
見覚えのある死神。下水道で会った確か十一番隊の…
「叶…てめぇ!!」
「ごめんね」
言葉とは裏腹に悪びれる様子なく、そいつは言った。
思わぬ伏兵に皆が驚いているところで、藍染が冷静に言った。
「そういえば、紹介が遅れたね。彼は東条叶。僕の部下だ」
「どーも」
それから、藍染は聞いても居ないのに色々なことをぶちまけやがった。
叶が特殊な虚を生み出すのに一役買ったとか。
四十六室を動かしていただとか。
皆が言葉を失う中で、叶は一切、それを否定しなかった。
「十一番隊の隊長、副隊長、三席さん、五席さんに伝えて置いてください。
僕がいなくなっても、書類溜めちゃ駄目ですよって」
その代わりに、どう考えても場違いすぎる台詞をそいつは吐いた。
「とまあ、こんな感じに別れてそっちに行こうかと思っていたんだけど、やっぱ止めとこうかなと思います」
次に驚いた顔を作ったのは藍染だった。
「何故、と訊いても?」
「何故もなにも、そっちの契約不履行が原因ですよ。
現世に連れて行ってくれるって言ったのに、全然だったし」
それに、とそいつは続けた。
「お化けが苦手で。そっちの人たち、なんだかみんな怖そうです」
なんだそりゃ。
まあ、確かにあんまりビジュアル的によくない連中が、空の裂け目の向こうでうごめいているが……って何で俺まで流されてるんだ。
「まあいい。君はよく働いてくれたよ。お陰で、こうして崩玉を手に入れられた」
「なかなか素敵な捨て台詞ですね。それじゃ、僕からも一言。それ、偽物です」
隣の無表情な男が懐からそれを取り出し、叶に渡した。
さきほど見せられたのと、見た目はまったく同じ。
それを見た藍染は、さっきとは比べ物にならないほどに驚いた顔を作った。
「それは!」
「見ての通り崩玉です。本物の方のね。ちょっと先に取り出させてもらいました」
「取り出させてって…」
「シャミががんばってくれました。
どうやら僕の探し物と藍染さんの探し物は同じだったみたいです」
叶が指を鳴らすと、藍染の手の中の崩玉が砕け散った。
呆然と手の中で砂になったそれを見つめた藍染は、視線だけで殺さんばかりに叶を睨みつける。
が、叶は一切動じなかった。
歯噛みする藍染に見せ付けるかのように、叶は崩玉を頭の上に掲げた。
「カミサマが捜し求めるほどにミステリックな代物。
確かにコレは、まさしくそれだね、シャミ。あの人は喜んでくれるかな」
あの人。
また新手か!と皆が緊張を走らせ、藍染も頭上の虚たちに何かを命ずる。
叶の頭の上から虚の巨大な手が伸びてきたが、叶は逃げることも避けることもせずにそれを受け、そしてすり抜けさせた。
徐々に輪郭を失って行く叶。
その体はほとんど透明に近くなって、向こう側に浮かぶ雲が見えた。
「悪用したりはしませんので、ご心配なく」
ネックレスにするには大きすぎるなぁ、とかそんなことを言いながら、叶たちは世界から消えた。
跡形も無く。
(キョン君視点)
「東条君!!」
古泉が最初に発見し、焦ったように東条に声を掛けた。
東条がいなくなった。そう連絡を受けたのは、恒例の市内パトロールの最中のことだった。
午前は俺とハルヒと朝比奈さん、長門と古泉と東条に分かれて街中を行く当ても無く巡っていたのだが、その最中に突然古泉から俺に連絡が入った。
内容は東条がまた消えたというもの。
携帯は繋がらず、長門の話ではまた"超えて"しまったのだという。
正直俺は頭の中が真っ白になったね。前回のことを思い出して。
東条が消えたのは春休みに入った矢先のことだった。
"戦国時代の資料集め"という命により、東条は戦国時代のようで戦国時代じゃない、織田信長と豊臣秀吉が天下を争うような世界に飛ばされてしまった。
それを連れ戻すのは結構どころかかなり骨が折れた。
今回はそれほど二人に焦りが見えず、俺も長門の話を聞いてから少しだけ落ち着くことができた。
というのも、前回は長門とシャミセンの連絡が途絶えていたが、今回はそんなことはないらしい。
何て力強い猫なんだ、シャミセン。
しかし少しだけ、というのは、飛ばされた先が命のやり取りがないわけではない世界だということが原因だ。
今回は、何が原因だったのか。思い起こしてもこれといってハルヒの発言の中に切欠らしいものが見当たらない。
とりあえず今日のパトロールは東条探しに変更となり、そして探している最中にひょっこりと東条はその姿を俺たちの前に現した。
「もー、いきなり居なくなっちゃだめじゃない!」
「ごめんなさい」
腰に手をあて東条をしかりつけるハルヒ。その後姿に自らが原因だと言う自覚が無い。
自覚を持たせるわけには行かないんだが…まさか春先に二回もこんなことがあるとは…まさか三回目が来たりはしないよな。
二度あることは三度ある…なんて諺もあることだ。油断はできない。
「そうだ、団長さん」
ハルヒの叱責を中断させ、東条は何かを取り出してきた。
それは指で摘めるほどの大きさで、大粒のビー玉が硝子の膜の中に入っているようなものだ。
「へぇ…綺麗ね」
「カミサマが捜し求めるほどにミステリックな代物」
何、と聞く前に言った東条の台詞には聞き覚えがあった。
確か東条たちのグループを送り出すときに、ハルヒが言ったフレーズだ。
それを聞いてぱぁ、とハルヒが顔を顔を輝かせた。が。
「だといいな、という僕の希望。
ホントはシャミが掘り当てたんだ」
すぐにハルヒの機嫌が降下する。だが、降下の程度は小さかった。
「シャミセンが掘り当てたんならそれはそれですごいじゃない!綺麗だし…今日の成果としていただくわ!」
「気に入ってもらえたみたいでよかった」
そうして、もう夕方になったことだしと解散となった。
古泉は、今日はアルバイトをせずに済むらしく、いつもよりも晴れやかな顔で帰って行く。
長門はいつもの無表情。朝比奈さんも、愛らしくお辞儀をして帰っていった。
ところで…だ。
「東条…」
「シャミが探し当てたのは本当だよ。ここじゃなくて別のところでね。
その話は帰ってから」
先を歩き出した東条の顔に憂いは無く…まあ、いいか、と俺は後を追った。
不謹慎だとは自覚しているが、俺は少しだけ夕飯の後の東条の話が楽しみだった。