Chasm(+ Sasuke in Reborn)|過ぎたいたずらに甘い匂い|沢田綱吉視点

 消しゴムを買いに文房具屋を目指して並盛町の商店街を歩いていると、ふと違和感に襲われた。
 三歩だけ後ろ歩きにゆっくりと戻る。やはり見間違いではない。

「何だろう、この店……」

 壁が一面黄色の煉瓦で、雨除の屋根はピンク色。
 イートインスペースに置かれたテーブルと椅子は真っ白で洋館の庭にでも置いてありそうで、商店街にはミスマッチすぎた。
 入り口の扉も同じように真っ白で、その横には二本足で立つ熊がOPENの看板を持っている。
 白くて四角い窓は扉と揃ったデザインで、そこから中を伺うと、ショーケースにケーキが並んでいるのが見えた。
 壁に添うように並べられているプランターに植えられているのは色とりどりの花。
 とにかくファンシー。男が入るのは気後れする。
 黒の手書き看板にはパステルカラーの文字が並び、コック姿の兎やフォークを構えた猫が描かれていて、さらにハードルを上げている。

 とはいえ、ただのケーキ屋だ。
 商店街から浮きまくっているだけ。
 なのに直感で違和感を感じた。

「あれ、ツナ君?」

 ケーキ屋を見つめていると、背後から声をかけられた。
 その声を聞き間違えるはずはない。

「京子ちゃん!」

 顔を確認するより前にその名前を声に出して振り返った。
 いたのはやっぱり京子ちゃんで、ふわふわとした笑顔をオレに向けてきた。
 京子ちゃんはケーキ屋に用があるようで、ちらちらとそっちを伺っていた。

「もしかしてツナ君もケーキ買いに来たの?」
「ええっと……」
「あれ?違った……?」

 少しがっかりしたような、外してしまったから恥ずかしそうな、そんな顔をしたので思わず全否定してしまった。

「う、うん!そうなんだ!」
「そっか。私もね、ケーキを買いに来たんだ。お母さんが今日誕生日で
……そうだ!ツナ君も一緒にケーキ選んでくれないかな?」
「え!も、もちろん!」

 もちろん、といった手前入らないという選択肢はなかったが、なるべくここにはいないほうがいいと思った。
 何でだろう。普通のケーキ屋なのに。何とも言えない焦燥感に包まれる。
 京子ちゃんが先に店に入って、オレがそれに続いた。
 本当だったらオレが先に行って扉を開けるべきだったのかも知れないと気づいたけど、後の祭り。

「いらっしゃいませ」

 あまりにも平坦な声だから、コンビニの入店の音みたいに機械かと思ったけど、ショーケース越しの店員さんの口はハッキリと動いていた。

「何に致しますか」

 客商売とは思えない淡白さ。
 京子ちゃんはそれに構わない様子で、ワンホールのケーキを順番に眺める。
 あれがいいかな、これがいいかな、と選ぶその横顔はやっぱり可愛い。

 散々悩んだ末、結局選んだのはイチゴがたくさん乗った生クリームのケーキだった。
 店員さんは無表情のままに注文を繰り返し、無表情のままにバースデープレートを用意して、無表情のままに可愛らしいクマさんのキャンドルをおまけして……だけど京子ちゃんはいつもと同じようににこやかに対応をしていた。
 あれ、これ逆じゃない?
 そう思ったものの突っ込める空気ではなかったので黙っていた。

「一緒に選んでくれてありがとう、ツナ君。
じゃあね!」

 ケーキを受け取った京子ちゃんはオレにそう言うと、家へ帰っていった。
 オレ一人をこのファンシーなケーキ屋に残して。

 しまった!帰るタイミングを逃した!

「何に致しますか」

 すかさず、店員さんはオレに聞いてきた。
 買わないで帰るのも気まずい空気。
 どうしよう、と思っていると視界の端に小さな黒い影が現れた。

「オレはそのモンブランがいいぞ」
「リボーン!」

 いつの間に入ったのだろう。
 入り口には扉が動いた時に鳴るベルがついているはずなのに、全く音が聞こえなかった。
 まあ、リボーンだからなぁ、と納得して気にしないことにした。

「ママンにはチーズケーキ、イーピンにはベリータルトだな。
お前は何にする?」
「ちょ、勝手に……」
「いいから早く決めやがれ」
「わかったよ……じゃあ、チョコケーキ。ランボにはいちごのショートだろうな」
「あのアホ牛にはいらねぇだろ」
「そんな事言うなよ。かわいそうだし、何より一人だけなかったら泣いて喚いて大変だよ?」
「……それもそうか」
「ご注文はモンブラン一つ、レアチーズケーキ一つ、ベリータルト一つ、チョコケーキ一つ、いちごのショート一つ」
「あと、真鍮製ニッケルコーティングの9ミリパラベラム弾、基剤はいつもと同じくニトロセルロースとニトログリセリンとニトログアジニンを5:4:1に使った8グラムのヤツを6ケース」
「え?」

 まるでスタバで色々なトッピングを注文するように、リボーンの口からは淀みなく注文がされた。

「真鍮製ニッケルコーティング9ミリパラベラム弾。基剤比率ニトロセルロース"5"ニトログリセリン"4"ニトログアジニン"1"。8グラム6ケース。全部で8,150円」

 聞き間違いかと思ったけど、店員さんは迷わず息継ぎなしに復唱したから聞き間違いじゃなくて。
 更にケーキが詰められている箱の横に、棚の奥から取り出してきた箱を茶色い紙袋に入れて横においた。
 リボーンに促されるままにお金を払って、しかし突っ込まずにはいられず、しゃがんでリボーンの耳に問いかけた。

「え、ちょ、ケーキ屋さん、だよね?」
「当たり前だろ、ダメツナ。目の前のショーケースが見えねぇのか?」
「でもだって」

 もしかして隠語なのだろうか。
 銃弾の話と見えて実はクッキーの話をしていて……とか淡い期待を持っていたら、リボーンは茶色い紙袋から銃弾を取り出すと、予備の弾倉にそれを詰め始めた。
 軽く眩暈がした。

「お客さん。そういうのは家に帰ってからにしてくださいな」

 真後ろから聞こえてきた声に振り返る。そこにいたのは和服姿の男の人だった。
 リボーンは男の人を見ずに、弾を込め続けた。

「悪いな。何しろスッカラカンだったからな」
「僕の方も、営業できなくなると困るから」

 リボーンにそう言ったけれど、そこまで本気で止めようとしていたわけじゃなかったみたいで、男の人はすぐにカウンターの向こうの店員さんを見た。

「ただいま、シャミ。店番ありがとう」
「そう」
「それで………君は、何がほしいの?」

 男の人は顔だけで振り返り、オレに聞いてきた。

「何もないの、欲しいもの?」

 吸い込まれるような黒。
 上から覗き込まれる圧迫感。
 ぞくりと身震いをする。首の後ろのあたりがチリチリする。

「け、消しゴム」

 反射的に口に出していたのは、この商店街にきた本来の目的だった。
 ケーキ屋にあるはずのない代物。だというのに。

「あるよ」

 男の人は首を戻してショーケースの方にいる店員さんを見た。
 店員さんはさっきリボーンに渡した銃弾の箱が入っていた棚の別の扉を開けて、中に入っていたものを摘んで男の人に差し出す。
 男の人は受け取った消しゴムを手に乗せてオレに見せた。
 オレの使っているメーカーと同じ。大きさも同じ。色も形も同じ。全部一緒。

「はい。税込105円ね」

 オレは手のひらから消しゴムを取り、代わりに百円玉と五円玉を乗せた。

「まいどあり」

 言いながらオレにケーキを手渡してきたのは、オレンジの髪をした別の人だった。
 どこから現れたんだろう。全く気づかなかった。
 迷彩柄の服の上にひよこのアップリケの付いたエプロン、というなんとも奇妙な組み合わせが少しだけおかしい。
 オレはケーキの箱を受け取って、店の扉に手をかけた。

「何か欲しいものがあったら、僕の店においで」
「あ、はい」
「またね」

 ぺこりと反射的に頭を下げて、オレたちは店を後にした。





 家に帰る道中、オレはリボーンに話題提供ぐらいの気持ちで聞いてみた。

「リボーンは、いつもあの店で買物をしてるの?」
「ああ。何でも置いてあるからな。外国の菓子も一級の紅茶も弾薬も毒も」
「いやいやいやいやおかしいよ!何でもありすぎでしょ!」
「値段も割と良心的だ」
「そういう問題じゃないって!」

 オレの突っ込みもどこ吹く風で、リボーンはいつものように塀の上を歩いていた。

 何でも置いてある。リボーンはそう言ったが、それだと何か違う気がする、とぼんやり思った。

 頭の中で男の人の言葉が反響する。

  "君は何がほしいの?"
 
 何度も、頭の中で繰り返される。

 もしもあの時、オレが口に出したのが違うものだったら、あの人は何と答えたのだろう。
 たとえば、

「何考えてやがる、ダメツナが」

 リボーンの撃った弾がオレの頬を掠めて、どこかの家の塀にめり込んだ。

「何やってるんだよ、リボーン!」

 思考はどこかへ吹き飛び、悲鳴のようにオレは叫んだ。
 音に気づいた家の人がドアを開ける音が聞こえる。
 ヤバイ。
 顔を合わせないように腰を低くしながら、オレはそそくさとその場を逃げ出した。





 "君は何がほしいの?"

 男の人はそうオレに聞いた。
 ソレは単に欲しい物を聞いているように聞こえなかった。

 "何か欲しいものがあったら、僕の店においで"

 男の人はそうオレに言った。
 ソレはまるで何でも叶えてあげるよと言われたように聞こえた。

 たとえば無くしてしまった平穏な日常とか。
 たとえば京子ちゃんと結婚をした未来とか。
 たとえば非日常だけど面白い今の続け方とか。

 そう言ったとしたら…………あの男の人はきっと、"あるよ"と言いながらショーケースの向こう側を見たんじゃないだろうかと、なんとなく思った。

 ケーキを揺らさないように気をつけて走りながら、オレはそんな馬鹿馬鹿しいことを考えた。






主人公の問いかけポーズは、いわゆるシャフト角度です。
弾薬の比率がおかしいとかそんな突っ込みはノーセンキュッ

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