Chasm(in silver soul/ミツバ編)|綺麗なものほどどうでもよくて|斎藤終視点
大老の暗殺事件があって、俺の隊はその事後調査に追われていた。
三番隊は少々特殊な立ち位置にあり、監察方が攘夷浪士に関するスペシャリストなら、こちらは幕府絡み、そして真選組の内部調査と調整のスペシャリストである。
役割について俺に任じたのは土方副局長で、こういったことを嫌う局長には一切話さいことが制約されている代わりに、役割について話す相手は俺が恣意的に決めていいと言われている。
切欠は隊内のいざこざに頭を悩ませていた土方副局長に、隊の再編成を促したこと。
単なる人間同士の相性の悪さが原因であったから、それを煩わしく感じての行動だったが、思いの外それが土方副局長に響いたらしい。以後も、切り込みなどの部隊編成について意見を求められた事や、裏切り者についての報告を重ねているうちに、内密であるが正式に通達が下りたというわけだ。
任じられたときには面倒だとも思ったが、今となっては好都合だ。
元より土方副局長への裏切り者についての報告は、暇だったからしていただけのこと。
真選組は俺の拠り所であり、その信条にそぐわない者は去るべき……もっと言えば粛清されるべきとは思っていたが、俺が居心地よくあればそれでよかった。もっと言えば、面白ければそれでよかった。
暇だったのだ、俺は。退屈に飽きていたのだ。
だから、隊の編成について進言した。どこをどう組み合わせれば"正解"辿り着くのか、結果が知りたかったから。
裏切り者の摘発にしても、どこがどうやって繋がっているのか調べた"答え合わせ"のようなもの。
いわばパズルのようなものだ。どれも単調すぎて、大して暇も潰せなかった。
それが好都合な展開になったものだ。
あの日東条叶を見つけたのは、実に僥倖だった。何より面白いパズルを見つけた。難解な思考の迷路を攻略しているような気分だ。
土方副局長は東条叶の裏切りを疑っているようだが、俺はそうは思っていない。
真選組の瓦解を狙うなら、もっと上手くやるだろう。目的はきっと別にある。
先だっての狐の面の件にしても、アレはわざとに違いない。
勿論、そんなことを土方副局長に言えばすぐさま東条叶を追求し、粛清をしかねないから言うつもりはない。折角のパズルを取り上げられてはたまらん。
故に、俺の報告上の東条叶の評価は保留。土方副局長も創設に関わったこともあって甘いようで、疑わしきは罰せずという理由で了承している。
単純に真選組のことだけ考えるなら、東条叶は真選組に置いておくべきではない。ましてや会計方にするなど愚策もいいところだ。あそこは真選組の外れ者同志で仲間意識も強ければ、内外問わずに情報も手に入り、外部とのコネクションもつけやすい。そして真選組の目は届きにくい。真選組の人間は会計方が何か起こすとも、何かを起こせるとも思っていない。大いに過小評価をしている。何かを企む人間にはこれ以上無い部署だ。
俺はそれを敢えて指摘しなかった。むしろ推奨した。
そのほうが、絶対に面白い。
「上の空のようだけど、僕の話聞いてた?」
俺の部屋に来ていた東条叶は、訝しげに俺に聞いてきた。
「ああ、聞いている。マスコミの件だったな……」
「ウチの件はうまいこと伏せておいたから」
「どうやって?」
「もっと面白い、例えば大老が一番最期に会っていた人間の情報を流しただけだよ。
事件が起きるより随分前に警戒を解いた真選組のこととか、少し会っただけのいずみの情報よりもよっぽど面白いだろうからね。まあ、その人には悪いことをしたけど。
何にしても後数日で、人気アイドルのスキャンダルで彼らもそれどころじゃなくなるさ」
大して悪びれもせず、東条叶は言い放った。
これが俺が東条叶を気に入っている理由でもある。
東条叶がこうして報告に来るのは、これが初めてではない。俺が促したわけでもなく、自然とそのような流れになった。
俺の役割を言うより前に知っていたと示すため。これもまたブラフなのだろう。
「こっちは上手くやったけど、いずみさんの謹慎はもう少し伸ばしたほうがいいんじゃない?」
「俺も同じ意見だが、土方副局長は俺の報告を聞けば直ぐにでも謹慎を解くだろうな」
「トロ君は鬼とは言われてるけど、仕事に大いに私情を挟むからねぇ」
最期に近い頃に会っていた鈴木いずみは、取り調べが続けられている。
取り調べといっても厳しいものではなく実質はただの謹慎。
幕府のお偉いさん方に、「最期を共にしておきながら何も出来なかったのか」と、護衛の任務を受けていたわけでもなく、鈴木より後に城の中で会った人間がいるのだからそれはないだろうと思ってしまうような難癖をつけてきたので、まあ形だけでも謹慎しておくか、といった感じだ。
話が終わった所で、爆音と共に庭に隊士たちが転がりでてきたのが見えた。
元をたどれば局長室で、となれば原因は一人しかいない。
「あれは?」
沖田隊長と、その隣には女性がいた。
顔に覚えはないが、面差しが似ている。
「恐らく沖田隊長の姉だろう。今日、近藤局長に会いに来るという話があった」
「ふぅん……名前はみつ?」
「いや、確かミツバだと聞いている。
俺は江戸で合流したから詳しくは知らんが、あまり体が強くないらしい。たしか、肺を患っているとか。
それがどうかしたか」
「いや。若いのに不憫だなと思っただけだよ。確かに、死相が見える」
「酷い言い草だな」
二人が局長室を出るのが見えた。最初は揃って歩いていたが、途中で沖田隊長は姉から離れる。恐らく車の手配にでも行ったのだろう。
正面玄関へ向かうなら俺の部屋の前も通るはず。それを察してか、彼女に厳しい視線を向けていた東条叶は腰を浮かせたのだった。
「東条さーん!!」
しかし、逆の縁側からの鈴木いずみの襲撃により東条叶は元の位置に戻されてた。
タックルをかまし、東条叶の首に腕を回すいずみは、ご満悦といった表情を見せていた。
「それは若い娘のすることじゃないだろう」
「うっさいですぅ、斎藤さん。邪魔しないで下さい」
「むしろ邪魔をしているのは君だろう」
いずみもまた奇妙な隊士だ。特筆するべき点は隊士の中に好き嫌いがあること。
本人の中で明確なラインがあるようで、特に東条叶が好きらしい。俺もまた、気に入られている部類に入るようだ。比較的入って日の浅い人間のほうが気安い態度を見せている。
逆に古参のメンバー、同じ武州出身の近藤局長や土方副局長、沖田隊長は特に毛嫌いされている。近藤局長らはアレを照れ隠しやじゃれついているだけだと言っていたが、どう見ても本気で嫌っている。
まあ、その辺りはなにか特別な機微でもあるのだろうと、俺の興味の対象には入っていないが。
「帰ってるなら私の部屋にも来てくださいよ」
「ごめんごめん。今から寄ろうと思っていたところだったんだよ」
「そうだったんですか!ごめんなさい待ちきれなくて!でも酷い話ですよねぇ。私が会っていたからって疑うなんて」
「そうだね、じゃあ今から……」
「いずみちゃん」
背後から声をかけてきたのは、先ほど話題にのぼった沖田ミツバだった。
「いずみちゃん、久し振り」
「ええ。お久しぶりです。御体の調子はいかがですか?」
憮然といずみは対応する。
それに動じること無く、沖田ミツバは応対した。
「ええ、大分。それより、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでくれていいのよ?」
「今と昔は、違いますから」
すっぱりと言い切ると、いずみは東条叶の背中に顔を埋めたまま上げようとしなかった。
「そうだ。そーちゃんと今から出かけるの。いずみちゃんもどう?」
「今謹慎中なんです」
「悪いことをしたの?」
「してないけど必要なんです」
「そう………じゃあ、今度一緒に出かけましょうね」
「ええ、今度」
ありがちな断り文句に沖田ミツバは引き下がり、今度は東条叶に目を向けた。
「あなたも、そーちゃんのお友達?」
「いいえ」
「そーちゃん、あなたに何かしたのかしら」
「どうして?」
「あなたが、私を嫌っているように感じたから……けど、私とあなたは初対面でしょう?だから……」
「自意識過剰じゃない?」
東条叶もまたにこやかに、だが最後は辛辣に
「今、ちょっと大事な話をしていたところで……申し訳ありませんが、席を外していただけませんか」
東条叶にいずみがじゃれ付いている時点で説得力皆無なのだが、まあまあそれはごめんなさいね、と沖田ミツバは申し訳なさそうに下がっていった。
翌日、近藤局長の所にマスコミの件と鈴木いずみの謹慎の件について話をしにいくと、予想通り時間がかかって日がすっかり傾いていた。
隣を歩く東条叶も疲れているようで、深々と溜息をついた。
「やっぱり報告を遅らせたほうがよかったかな」
「しかし、近藤局長は意外と敏い。咎めはせんだろうが、いい気もしないだろう」
「だよねぇ」
直ぐ様に謹慎を解こうとする近藤と、それを宥める図とでも言おうか。延々三時間もそれをしていれば、流石に嫌にもなる。
完全に納得はしていないだろうが、しばらくはこの話題はでてこないだろう。
その"しばらく"が二日なのか、一週間なのか。あるいはもっと短く数時間後なのかはわからないが。
「古参の身内びいきとでも言うべきか……それで纏まっている部分もあるけれど、どうにもそれが不満に繋がっているね」
「君もそう思うか」
「愚痴を言いに来る人、多いから。部署柄」
「そういえば、酒井は人の話を聞くのが得意だったな。朝倉や黄緑も話易いのだろう」
「みんな口も硬いしね」
良くない風潮ができている。これは一度土方副局長に言っておくべきか………そう考えながら歩いていると、道場の方で激しい打ち合いの音が聞こえ、そして道場の格子の向こうに土方副局長の姿を見た。
相手は沖田隊長。何かを話している様子だ。きっと、土方副局長が転海屋を襲撃する件についてだろう。
そういえば、沖田ミツバが入院したような話を耳にした。てっきり沖田隊長は病院にいるものかと思ったが。
考えているうちに、背中を見せた土方副局長に沖田隊長が竹刀を振りかぶる。
殺気丸出しの攻撃は易々と土方副局長によって跳ね返されて、沖田隊長が壁に打ち付けられるのを見た。
沖田隊長は視界に戻らない。よほど強く打ち付けられて痛みで動けないか、あるいは気絶しているか。
土方副局長が道場から出てきた。
俺と東条叶に気づき、つかつかとこちらに歩み寄る。そして竹刀を東条叶に押し付け、俺に向いた。
「斎藤、総悟が中にいる。手当してやって置いてやってくれ」
「君は相変わらず不器用だね。会った時から何も変わらない……何も」
「何が言いたい」
そのまま去ろうとする土方副局長に東条叶は話しかけた。
剣呑な空気を纏わせ、土方副局長は東条叶を睨む。真正面から受ければ少しは怯みそうなそれに、臆すること無く東条叶は真正面からそれを受け止める。
「"しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道"」
「は?」
東条叶は、唐突に随分と下手な詩を諳んじた。
「あ?いきなり何だ?」
「別に」
東条叶は懐から紙を取り出し、土方副局長に渡した。
「山崎君を使って調べているだろうけど、僕のほうが攘夷浪士の絡まない権力関係は詳しいからね。
……蔵場当馬の繋がりはコレで全部だよ。裏をとるかどうかは任せるけど」
「……そうか」
しっかりと紙を隊服にしまうと、土方副局長は俺達の横を駆け抜けていった。
きっと沖田隊長のこと、沖田ミツバのこと、そしてこれからの急襲のことで頭がいっぱいだった土方副局長は気づかなかっただろう。
あの下手な詩を聞いた君の顔を見た直後、東条叶が君に向けた憎悪の念に。
あの日俺が見たのと同じ色に。
「さて、と。沖田隊長の手当をしないとね」
そしてあの日と同じように、東条叶は先ほどの色を僅かも残さず、いつも通りの穏やかな笑顔を俺に向けてきた。