Chasm(Another/IF)|蜜の密度|沖田総悟視点
「なあ」
と。そんな不遜な態度で、狸寝入り中の俺に話しかけてきたのは、俺と同じく一番隊の森蘭丸だった。
弓、なんていう旧時代の遺物をつかいながらもその腕は一級。獲物を外したことはない。
かといって弓兵にありがちな接近戦が苦手、ということもなくむしろ、お前それ弓の使い方間違ってんだろ、と突っ込みを入れたくなるほどに弓を獲物にした接近戦が得意だ。
あの東条と同じ時期に入ったというのに、めきめきと頭角を現したそいつは、俺の補佐という立場にまで上り詰めていた。
おかげで、切り込み部隊のはずの一番隊が年少組などと揶揄される始末…まあ、そんなことを口にした奴は、片っ端から切り伏せてやったが。
仲が悪いというわけではないが、かといっていいわけでもない。
大事でも起きれば、そいつじゃなくてまず山崎が俺に伝えてくるから、可能性としては低い。
しかしアイマスクをとってそいつの顔を見ればどこか思い詰めたような珍しい表情で、無視するという選択肢は俺自らが放棄した。
「何でィ」
「その…」
何かを言いあぐねている様子だ。
いつもはっきりとした奴なのに珍しい、と。何か弱みでも握れればと、俺のサド心が刺激された。
「はっきりしろィ」
促せば、意を決したように、そいつは周りに誰もいないことをしっかりと確認すると、どかっと勢いよく俺の前にあぐらを掻いた。
「なあ。お前は、どうやって局長に誘いをかけてるんだ?」
「誘い?」
相手の言いたいことが察せず首を傾げる。
いつもなら、わかっていながらそうして相手の言葉を誘うのだが、今回は本当に意図がつかめない。
「何のことでィ」
なので単刀直入に問い返す。
すると、俺がわかっていないことに少しいらだったように声を荒げた。
「だーかーらー!伽だよ夜伽!」
「なっ、」
突如として予想外すぎる言葉、というか想像なんてできるはずもない言葉が出てきて、俺は盛大に咽せた。
その意味を知らないほど、俺は無知でも純粋でもない。そして男同士だとしてもそれが可能であるということもまた知識としては知っていた。その方法もまた、話だけで知っている。
男所帯の真選組にもそういう奴がゼロではないこともまた、噂だけは耳にするから知っている。
だが実際に名前を挙げられるのは別問題だ。ましてや当事者は自分…気色悪ィとしかいいようがない。誰だ、こいつにそんなくだらないことを吹き込んだ奴は。
「何で俺と近藤さんがそういうことになるんでィ」
「あれ?違ったのか?」
「当たり前だろ」
全否定すれば、納得したようなしていないような顔をした後。
「そうか。副長のほうか!」
「違ェ!!!!」
思考は斜め上に飛んだようだ。
「あれ?じゃあ…」
「じゃあ、じゃねぇよ。俺ァ誰ともそういった関係になっちゃいねぇ。
気色悪い想像するんじゃねぇよ」
「気色悪いってなんだよ。武士の嗜みの一つだろ?」
さも当然といったように言われたそれに、俺は眩暈がした。そりゃ一体何世紀前の話だ。
これ以上この話を続けるのは俺の精神衛生上よくない…が、つい。俺は余計な一言を発してしまっていた
「ところでお前は誰に…」
「叶様に決まってんだろ」
しらねぇよ。
即座に俺は心の中だけで返した。
というか東条とこいつにそんな性癖があったことのほうが驚きだ。
そういう世界に、興味がないわけじゃない。もちろん、自分がというわけでは断じてなく、単純に話としてどういうことなのか知りたいと思わないわけではない。
「その…東条とは寝たことがあったりするのか?」
俺が東条を呼び捨てにしたことが癪に触ったのか、少し眉を跳ね上げて、しかし何も言わなかった。
「何でそんなこと、てめぇに教えてやらなきゃいけねぇんだよ」
「知っておかないと………アドバイスのしようがねぇだろうが」
深々とため息をついた。
「もういい」
「は?」
「わかるんだよ。おもしろがってるだけの奴って」
ふて腐れたように蘭丸は立ち上がる。
そうして俺の前から去ろうとして蘭丸が襖を開けると、丁度そこに東条がいた。
つまりは全て聞いていたのだろう。蘭丸の顔がみるみる紅潮して、それを見られないようにと俯く。
そして逃げだそうと駆け出しかけた蘭丸の腕を、東条が掴んだ。
「丸」
「…なんですか、」
東条に声をかけられれば、自ずと蘭丸は視線を合わせるために上を向く。
そうして蘭丸の顔を上げさせた東条は、蘭丸に…。
「「…!!」」
言葉にならない俺と蘭丸。その意味するところはそれぞれ違うが、行動はまるっきり一緒だった。
それから先のことはあまり覚えておらず、気づけば夜になっていた。
思い返せば、衝撃的な東条と蘭丸のちゅーの後、誘いをしていた…ような気がする。
それに対して、蘭丸が喜々として応えていた…ような気がする。
目の前で繰り広げられていた会話が、まるで別世界のことのように思えるが、事実は事実。
「マジかよ」
しかし自分でも驚くほどに、不思議と嫌悪感はなかった。
男同士なんて、たとえば原田と誰かのそれを目にしたなら、吐き気がするだろう。
けど東条と蘭丸のちゅーを見ても特に何も思わなかったと言うことは俺もそういう……………いやいや俺は何を考えているんだ。
「何百面相してんだ、総悟」
「何でもねぇよ!!」
怒鳴れば、何キレてんだと返される。
土方が来たのは、夕食なのに姿が見あたらないから近藤さんに探してくるように言われたからで、ついでに東条と蘭丸のことも探しているらしい。
一番隊の隊長だからという理由で俺もその捜索に強制的に加えられそうになったところで、土方が俺の手の中のそれに気がついた。
「総悟。それは何だ?」
「何って…」
俺の手の中には記憶にない紙が二枚。
広げてみればそれは、外泊許可証で、東条と蘭丸の名前が並んでいる。
それを見た瞬間に顔が引きつったことに、俺は安堵する。よかった俺はノーマルだ。
そして同時に、蘭丸に、悩みが解決しそうでよかったな………とは口が裂けても言えそうになかった。