Chasm(Another/IF)|桃色のパステルチョコレート|猿飛佐助視点

「なーなーかすが〜。
もう軍神はいないんだから、ここに落ち着いちゃえば?けっこう楽しいぜ?」
「断る!もしかしたら謙信様もこちらにいらしているかもしれないだろう!」

 軍神の姿を求めて各地を探し回っていたかすがが、久しく骨董屋兼定食屋に姿を現したのでいつものように口説いてみれば、やはりあっけなく断られる。
 それでもまあ、差し出した茶に口をつけてくれる程度には、俺を信用してくれているようで。まあこっちも本気で言っているわけではないので、これは慣例となっている挨拶のようなものだ。
 互いが互いに。
 変わっていないという再確認のようなもの。

「絶対にいない、」
「とは言い切れまい」

 かすがが視線で示してきたのは俺の後ろ。
 ちょうどそのときがらりと扉が開き、お客が入ってきた。

「いらっしゃい」
「お市ちゃんだっけ?こんにちは。どこ開いてる?」
「こっち」

 最初とは比べものにならないほどに、接客が様になっている。
 客の万事屋の旦那も慣れたもので、互いに緊張が消えていた。

 昔とは違って長い髪を高く結い上げ、薄紅色の長い着物に身を包んで、盆を持って客を案内しているのは叶の妹のお市様。
 ひょっこりと姿を現したものだからここに身を寄せている。
 そのお市様が注文を終えてこちらへとくると、かすがの来訪に気がついたようだ。

「長政様は…」
「残念だが見つかっていない」
「そう…これも、」
「そこから先を言えば、私はもう協力せん」
「…ごめんなさい」

 だいぶマシになったとはいえ、後ろ向きな性格は未だに健在。
 よどみ始めた空気は、間に入ればすぐに霧散した。

「まーまー。とりあえず、注文は?」
「宇治金時丼。大丈夫、つくれるから」

 そういって、奥へと引っ込んでいき、そしてすぐに盆にのせて出てきた。
 最初の頃とは違い、標準サイズ。
 万事屋の旦那の好みを覚えたのか、少し多めに餡が盛られている。

 それを唖然とした顔で見送ったかすがは、俺様に聞いてきた。

「…なんだあれは」
「宇治金時丼」
「あんなものを食うやつの気がしれないな」
「お客さんのことは悪く言わない」

 帰ってきた叶がかすがの台詞を聞き咎めた。

「出入り禁止にするよ?」
「むしろ歓迎する」
「そりゃ勘弁」

 憮然としながらも、かすがは、すまない、と小さく謝罪していた。

「おかえり叶」
「ただいま。変わりない?」
「ないねぇ、残念ながら」
「そっか。それは残念だね。
ところで、光秀の姿がみえないけど」
「あー、たぶんさっきまでいた真選組の副長さんが慌てて出て行ったからついてったんじゃない?」

 見てないけど、と付け加えれば、多分そうだろうね、と叶は返した。
 そうして、店内へと視線を移し、冷やを変えているお市様の姿に焦点を合わせた。

「市」
「にいさま?」

 怒られるとでも思ったのか、名前を呼ばれたお市様はびくりと肩を揺らした。

「髪、落ちてる。おいで」

 言われればおずおずと近寄って、叶の前に座る。
 少しほどけかけていた糸をとって、別の糸で叶はその髪を結い上げた。

「赤…」

 頬に当たったその糸の色を見て、お市様がつぶやく。

「嫌い?」
「ううん」

 ありがとう、と小さくお市様がいい、言葉を返す代わりに叶がその髪を梳いた。
 そろそろ光秀も楽しみを終えて帰ってくる頃だろう。
 少し賑やかになってしまったけど、まあこれも悪くないと、最近では思っている。
 再び店内へと戻っていったお市様を目で追いかけると、なんだかうろうろとこっちに来ようとして、途中で止める…という奇妙な動きをしている万事屋の旦那に気がついた。

「なーにしてんの、旦那」
「いや、その」

 ちらちらと見ているのは、叶…のとなりのかすが。

「それが、佐助の言ってた、かすがサン?」
「そうだよ。俺様に会いにわざわざ遠路はるばる来てくれたってわけ。羨ましい?」
「羨ましいっつーか…」

 何とも言えない目で、かすがをみた旦那は。

「すげぇ格好だな、オイ。一歩間違えば露出狂だぞ」
「妙な目でみるな!!」

 かすがに、クナイの雨を注がれていた。

「あぶないなぁ。店の中、壊さないでよね」
「店より客の心配をしろ!!」

 かすがのワイヤーが絡まって妙な体制になっている旦那は、かすがと俺と叶に怒鳴った。
 しかしその紅潮していた顔は、次の瞬間には青ざめることとなる。

「くくく。いけませんねぇ、血が流れてしまっていますよ」

 現れた光秀が、頬から滴る血をなめ取ったことで。

「あ、おかえり光秀」
「戻りました。おや、軍神の忍びの姿が見えますね」
「忍びって、その格好のどこが忍んでるんだ。…ったく、ここの従業員にはフツーのやつはいねぇのか、フツーのやつは」

 ぶちぶちと文句を言いながら、今まで縛られていた手首をさする旦那。
 だが、悪いねぇ、と手土産に大福を持たせれば、それなりに機嫌は戻ったようだった。

「またのご来店、おまちしておりまーす」

 出て行く旦那に、叶が声をかける。

 二度と来るか、
 などという声は幸いにして聞こえてこなかった。

 そしてかすがは、気づけば姿を消しており、また軍神捜しに出て行ってしまったようだった。

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