Chasm(+ Sasuke & Kicho in ss)|野バラの甘い毒素|沖田総悟視点

 近藤さんと土方、そして万事屋がそれぞれの敵に向かったのを見て、ようやく一息吐くことができた。
 土方のふ抜けてイラつく顔がムカつく顔に戻っていたから、伊東の起こした反乱もこれで完全に落ち着くことだろう。
 車内の壁に凭れかかり、座ったままにぼんやりとする。
 そうやって疲労の中、思考に沈んでいたせいで、俺はぎりぎりまで近づく影に気がつかなかった。

「沖田ァ!!!」

 裂帛とともに列車の椅子の影という死角から繰り出された攻撃に対応が遅れる。投げ出すようにおろしてしまった腕を持ち上げようとするが、間に合わない。
 倒しきったと、未だ戦場にいるというのに油断しきってこのザマ。
 せめて急所を外すべく体を動かし………しかし一発の銃声が聞こえた後に、刀が俺まで届くことはなく、代わりに血と脳漿が俺の体に降りかかってきた。

「油断は禁物よ、坊や。」

 聞こえてきたのは女の声だった。
 額に風穴を開けて倒れた元隊士の後ろに立っていたのは、スリットの入った着物という機能性を追及して恥じらいを捨てた格好の女。覗く足には揚羽蝶が舞っている。
 女とはいえ、歴戦の勇士と同じく、微塵も隙はない。
 悠然と構える両手には無骨な短銃が一丁ずつ。片方は白煙を立てていて、今し方銃弾が放たれたばかりであることを物語っていた。

「ずいぶんと物騒なモン持ってるじゃねぇか。」
「ふふふ。助けてあげたんだから見逃してくれないかしら?」

 浮かぶ笑みは、姉上の優しげなものとはまるで違う、妖艶なもの。
 何かを企んでいるようなそれが、伊東の顔とダブった。

「てめぇは伊東の味方か?」
「いいえ。かといって、近藤の味方というわけでもないけれど。
私はただ、結果を見に来ただけよ。
きっと伊東が負けるだろうと、上様はおっしゃっていたけれど……念のために。」
「上様だ?」

 上様、なんて呼ばれる人間は一人だけ。

「…幕府が絡んでやがったか。」

 俺たち真選組は、幕府を守っているというのに。
 苛立ちのままに床を強く打つ。女は特に動揺はしなかった。

「俺たちは目の上のタンコブってとこか?」
「そう思われても、仕方ないんじゃなくて?」

 言われれば、納得しないところがないわけではない。
 もともと俺たちは寄せ集め。最初から使い捨ての可能性だってあった。
 松平のとっつあんが必要以上とも思えるほどに徳川茂茂と交流をするのも、父親代わりだからというだけでなく、俺たちの度重なる問題行動も理由のひとつなのだろう。

「そうそう。早くこの列車から降りたほうがいいわよ。あなたが仕掛けたのとは別の爆弾が、爆発するから。」
「なん…。」

 それはまずい。この船には近藤さんが…ッ!
 疲れる体に鞭を打ち、刀を杖に立ち上がる。
 爆破をするのなら、生存確率の低くなるこの先の橋の上だろう。
 それまでに近藤さんの元へ行かないと…っ。

 そう焦りながら女の横をすり抜け…次の車両へと移る直前に足を止めた。

「上様に伝えとけ。俺たちは、絶対に崩れねぇとな。」
「ええ。わかったわ。」

 楽しげな女の声にまた一つ腹立たしさを押し込め、俺は一直線に近藤さんのもとを目指した。

index
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -