Chasm(+ Sasuke & Kicho in ss)|サラウンドを散らして|山崎退視点
吉原桃源郷といえば、この国であってこの国でない、治外法権の区域。
たとえば賄賂のようなやりとりがあったとしても。
たとえば浪士が潜伏していたとしても。
見て見ぬふりをするのが、決まり事。
とまあそんなことを言われても高杉が現れたとなれば、探らないわけにはいかない。
まあ要はこっそり真選組だとばれないようにやればいいんじゃないか、ということで、俺はこの町に忍び込んでいた。
やや気後れしながらも歩き、向かったのは華やかな表ではなく裏の裏。
人気もなく、けばけばしい街灯もなく、入り組んだ細い路地を進んで目的の場所にたどり着いた。
暗くとも、その違和感は隠せていない。積み上げられた石段を登り門をくぐると、まるで寺のような建物が現れた。
朱色の柱も、今まで見てきた赤とは違い落ち着いていて、中に入れば厳つい像が出迎えた。
ここに、高杉が入っていくのを花魁の一人が見たらしい。
しかし、人の気などどこにもなく…。
「あら、こんばんは。」
気配なく、女の人が一人現れた。
妖艶な、ここに来るまでに見た誰より惹かれる女性だった。
誘われるままに中へと連れ込まれ、宿というよりは茶室のような一室に案内された。
ここに来るまでに随所を観察してみたものの、廊下は一本でどの部屋ものぞける状態にあり、そのどこにも浪士が潜伏した気配はない。
そもそも使われている痕跡が、ほとんどなかった。
だがこの場所に、この女性はいた。それだけでも、探る価値はある。
しばらく待っていると、女性は熱燗を持って戻ってきた。
まずは一杯、と手にお猪口を持たされて、酒が注がれた。
「あの、」
「お代は気にしなくていいわ。ここを訪れる人間は少ないから。」
綺麗な笑顔とともにじっと注目され、顔が紅潮する。
そして思わず職務中だというのに、誤魔化すためにそれを流し込んでしまった。
まあ必要なことだろうと、心の中で割り切った。
「少ないってことは、たまには来るんですよね。
たとえば隻眼の男…とか。」
「隻眼のお客さんね。そうね、たまにくるわ。」
「ホントですか!?名前は、」
「その前に。」
空になったお猪口に再び酒がなみなみ入る。
同じようにまた、それを飲み込んだ。
「名前は、なんて言うんですか?」
「名前は聞かないようにしているの。訳ありの人がここには多いでしょう?
だって貴方も、名乗っていない。」
それはそうか、とまたお猪口を傾ける。
「どんな、男でした?」
「そうね。髪は、黒かったわ。」
また、お猪口が液体で満たされる。
「鋭い目で、よく甘い香りの煙管を吹かせていたわね。」
高杉が煙管を愛用しているというのは、報告にもあがっている。
喉を焼きながら、いろいろな情報を頭の中で巡らせていった。
そうやって質問と同時に酒が注がれ、聞くと同じくしてそれを飲み込む。
次第に意識は朦朧としてきて、気づけば俺は横になっていて、床に転がる無数の徳利が見えた。
柔らかい何かが、頭に当たる。いい香りに包まれて、気持ちよくなっていく。
女性の指先が優しく俺の髪を梳くうちに、まぶたが重くなってきた。
「おやすみなさい、ボウヤ。」
まあ、必要な情報は得られたからいいだろう。
「起きたなら、見たこと聞いたこと全部を真選組に伝えて、上総介様のお役に立って頂戴。」
夢うつつに、そんな声を聞いたような気がした。