Chasm(+ Sasuke & Kicho in ss)|緩いサイダーの酸素密度|志村新八視点

 紅桜を巡る闘争は激化の一途を辿り、春雨の乱入により戦場はさらなる混戦を極めた。
 状況はまさに四面楚歌。
 疲労も蓄積し、だんだんと木刀を握る腕にも力が入らなくなってきた。
 肺が軋みをあげていて、頬を伝う汗をぬぐう余裕もない。
 そうやって集中力が切れてきた時に、ピンチはすかさずやってきた。

「新八ッ!!」

 神楽ちゃんの必死の声に、ようやく僕は迫る凶刃に気がついた。
 このままでは、と防御をしようとするものの、重く感じられるようになった腕は思うようにはあがらない。

 斬られる。

 そう覚悟を決めたが、金属の音がそれを砕いた。

「生きるか死ぬかって正念場で諦めたら、死んじまうぜ?」
「佐助さん!」

 まさに僕を切り捨てようとしていた敵の一人が、登場した佐助さんの足で遠くに吹き飛ばされた。
 その敵はちょうど、高みの見物を決め込んでいる高杉の足下に。
 佐助さんの姿を認めた高杉は、おもしろげに口元をつり上げていた。

「誰かと思えば、いつぞやの猿じゃねぇか。」
「覚えていただけているとは、光栄だねぇ。」

 むしろ相手の神経を逆撫でるように、佐助さんは高杉に向かって言う。
 面識があったとは驚きだ。
 そういえば銀さんとも知り合いだったような…と二人が最初に出会ったときの様子を思い出した。
 それにしても佐助さんが一人だけでいるのは少し違和感を感じる。

「そういえば、叶さんは…。」
「叶ならあっち。」

 佐助さんが指先で示したのは、桂さんの仲間の船。
 よくよく目を凝らせば、たくさんの船員の中に眼帯をつけた黒髪の男の人がいるような、そんな気がした。

「ほらほら、ぼーっとしない。」

 また一人、僕のフォローをするように佐助さんが相手を蹴り飛ばす。

「す、すみません。
けど佐助さんはどうやってこの船まで?」
「そりゃ、あの船に忍び込ませて貰ってね。」

 忍び…込ませて?

 再び桂さんの船を見れば、叶さんが船員の人に怒鳴られているように見えなくもない。

「アレ、いいんですか!?」
「ま、叶ならなんとかするでしょ。
そんな話はあとあと!喋ってると殺されちまうぜ?」
「うおぁあ!?」

 佐助さんの台詞が終わるのを待たずに敵の刃が僕のすぐ横を掠めていった。
 そのまま、叶さんたちの目的を聞くことはうやむやになって…敵に集中するほかに無くなっていた。

 詳しい事情はまた後で、ということで、眼前の敵の撃破という目的を一致させた僕らは共に背をあわせ…そして紅桜の殲滅を完了させることができた。
 紅桜が失われたのならば、とりあえずの目的は達したということで僕らは退却を決める。
 僕と神楽ちゃんは、エリザベスに抱えられて桂さんの船に乗り込み、桂さんのほかの仲間もまた無事に脱出することができた。
 残るはしんがりを勤めた銀さんと桂さん、そして佐助さんだけ。
 どうやって脱出するのかと思いきや、銀さんと桂さんはすでに計画をしあっていたかのように船の外へと飛び込み、エリザベス型のパラシュートを広げて悠々と脱出していた。
 そんなことをすれば上から蜂の巣になってもおかしくはなかったが、春雨の側にもそれほど余裕はないようで、間抜けなエリザベスの顔が大空に羽ばたいている。

 だが、そうやって脱出できたのは二人だけ。
 戦場には未だ、佐助さんが残されていた。

「おい!お前も早くこい!」

 てっきり自分たちと同じように船外へと飛び降りるものと思っていたらしい桂さんが頭上に向かって怒鳴る。
 だが、佐助さんは僕らに背を向けたまま、傾く船上に残っていた。

「俺様はここに残るよ。」

 宣言と同時に、取り出されたのは身長の半分はあるのではないかと思われるほどに大きい手裏剣。
 それを両手に一つずつ。慣れたように構えて見せた。

「何故だ!早くせねばお前も!」
「ここにいる春雨は、みんな殺せってのが命令でね。」

 誰の命令、とはいわなかったが、誰のかはすぐにわかった。
 皆が叶さんに注目する。
 叶さんは佐助さんの迷彩の背中を見たまま、ただただ変わらぬ笑みを湛えている。

「任せてかまわないよね。」
「勿論。」
「じゃあよろしくね。」

 会話はそれだけ。
 佐助さんはそのまま一度もこちらを見ることなく、春雨の船へと乗り込んでいった。

 佐助さんひとりのために春雨に近づくなんて危険を冒すわけにはいかない。
 さらに言えば佐助さんは桂さんの仲間というわけでもないのだから、と、僕と神楽ちゃんの必死の嘆願もかなわず、銀さんと桂さんの回収が優先されることとなった。
 肝心の叶さんにその気がなかったのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが…あれでは…。

「あれだけの数…いくら佐助さんが強いからといっても無茶ですよ!」

 そう叶さんの胸ぐらにつかみかかって言うが…そんなことができたのは一瞬だけだった。
 ぞくり、と叶さんの目と目が合った瞬間に得体の知れない何かが走り抜け、一気に指先から力が抜ける。
 唇の形は柔らかく笑みを作っているというのに、その黒い片方の目は、今まで見たことのないほどに冷徹で…あの高杉よりも、狂気と混沌が溶け込んでいるような、そんな気がした。
 その視線は一瞬のことで、すでに叶さんの眼中に僕の姿はなかった。

「それは僕らへの最大級の侮辱だよ、新八君。」
「どういう…。」
「ヒントはあげたよ。君の想像力の問題だ。」
「だが、皆殺しってのは穏やかじゃねぇな。」

 圧され、そうして思わず一歩退くと、船の上に救助された銀さんの肩に頭が当たった。
 今までの話はしっかり耳に入っていたらしい銀さんは、だるそうにしながらも叶さんの横顔を見ながら鋭く言う。
 しかし、叶さんには動揺の色一つなかった。

「甘いことだね。敵に情けをかけると?」
「無意味に殺す必要はねぇだろ、つってんだ。」
「それが、甘さだと言っているのだけれど。」
「甘くて結構。俺は大の甘党だからな。」

 ふぅ、と一つ叶さんがため息をつく。
 表情は笑顔のまま。
 けれど何故か、僕には叶さんが苛立っているように感じられた。

 そしてそれはどうやら、間違っていなかったらしい。

「僕には僕の、君たちには君たちの目的がある。
僕らは君たちと一時的な利害の一致により結託したにすぎず、今もまたそれは変わらない。
春雨は僕らの障害となったが故に排除する。」

 だから、と叶さんは僕らを見ずに言う。
 淡々と。

「僕の道を阻むというのなら…………………………君たちもまた、障害の一つだ。」

 淡々と。
 僕らを見ずに言った。





message:紅桜篇で春雨に佐助と主人公が絡んでいるものが読みたいです。

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