Chasm(Another/IF)|脳髄まで染めて|xxx視点

 車両には二人の男が向かい合うようにして座っていた。
 片方は痩身に似合わない背広を纏わり付かせている、という表現が的確などほどに着ているモノと着ている人間がちぐはぐな印象を受ける針金細工のような男。
 片方は背広の男よりも若いが藍色の着流しという時代錯誤な格好をした、しかしこれ以上なくその格好が似合っている男。服装以外に指摘するものがあるとすれば、着流しの男は、キャリーケースにも入れずにその膝の上に三毛猫を一匹乗せていることだ。
 二人が偶然に出会ったのは電車の中だった。
 真っ昼間の車内と言えば、主要な路線でなければ空いている…というのが相場ではあるが、この車内はある意味で混み合っていた。
 銀色の車両が運ぶ息づかいは三つだけ。二人と一匹の他には物言わぬ乗客。
 二人の周りには死体が積み上がっていた。
 いや、積み上がっているというのは言葉の齟齬があるだろう。床や座席、網棚の上にまで、人であったものが散乱している。それは背広の男を狙って襲撃した者たちの末路で、着流しの男には何ら関わりのないものだ。
 だからなのか、元々無頓着なのか。
 戦闘行為が終了するのを見計らったかのように車内に乗り込んだ着流しの男は、散らばる死体を気にすることなく、血濡れていない座席を選んで座った。そしてなんとなく背広の男も、今まで自分が戦闘行為を行っていたことを忘れたのか気にしていないのか、着流しの男に習うように向かい側の座席に座り………そうして、背広の男の長い長い話が始まったのだった。

「では果たして、生きている人間は善なのか悪なのか」

 背広の男の長々しい話を一笑することもなく呆れたような風潮もなく困惑の表情一つ浮かべず、淡々と聞いていた着流しの男は、背広の男の話が終わるのを待って、そう切り返してきた。


「あなたのその理論で行くならば、生きている人間はみな総じて等しく「善」ということになる」

 直後、悪の反対概念が善だというならば、と着流しの男は補足した。
 そして、と続ける。

「あなたのその理論でいくならば、生きている人間はみな総じて等しく「悪」ということになる」

 直後、着流しの男は真逆のことを言い出した。

「人の死とそれを取り巻くものが悪だというならば、生きている状態ははたしてどうなるのか。
人間は生きながらにして死んでいる。こうして息をしている間にも細胞は分裂を繰り返し、刻々と身体の中の細胞は死に続けている。そもそも生物が生きている状態というのは、細胞の分裂が続いていることだ。その分裂が弱まれば老い、止まれば死ぬ。しかし死に続けることがすなわち、生きることも定義できる。
死が悪だとするならば、常に内部に死を内包する我々は悪以外にありえないこととなる。
だが、ここでそう決めつけるのは軽挙だ。なぜなら、あなたの概念の中には死が悪だとはされているが、誕生については一切触れられていない。
細胞が死に続けると言うことは、つまり誕生しつづけているとも言える。
あなたの概念の中には、生まれる状態が善だとはされていない。とすれば、誕生に善悪はないことになり、死だけが善悪の判断基準として残る。
悪の反対概念が善であるという前提において、また死の反対が誕生だとするならば、誕生は善ということになる。
では、再度問おう。生者は果たして善か悪か」

 そう問いかけてきた着流し男の顔には、皮肉げな笑みが浮かんでいた。





零崎双識の人間試験の最初の電車の中で、もしも主人公とマインドレンデルが出会ったら…という話。論点ずれはわざと

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