Chasm(Another/IF)|閃光と青が濁る闇に|志村新八視点

 神楽ちゃんを捜しに乗り込んだ高杉一派の船の上で、襲いかかってきた男たちと刀を交えていると、いきなり神楽ちゃんに腕を引かれたかと思ったら、視界いっぱいに神楽ちゃんの番傘の裏側の紫が広がった。
 何を、と怒るよりも前に、勢いよく、降り注いできたのは矢の雨。
 周囲には見渡す限りの矢の羽の草原が広がって、わずか数メートルのところでは、今の今まで戦っていた浪士が何人も、ばたばたと倒れた。

「やりましたよ、のぶ…じゃない、狐様!!」

 聞こえてきたのは、そんな無邪気な子供の声だった。
 誰が、と目を向ければそこにいたのは前髪を一つに結った本当に子供で、携えた無骨で巨大な弓がアンバランスだった。
 弓を華麗に扱い、次々と敵を討ち取っていく。その動きに迷いはない。確実に一つ一つ、命を刈り取っていく。
 まるで虫をつぶして遊ぶ子供のようだと思った。

 だがその子供にもピンチが迫る。

「おのれぇぇええ!!」

 背後に迫る浪士。子供の方も気がつくが、さすがに角度が拙い。
 目を見開き、防御の構えをとる子供。だが、あの痩身では全てを受けきることはできないだろう。
 すぐ背後は青い空。子供が船の上から吹き飛ばされる光景が頭に描かれ…けれど、それは現実にはならなかった。

 想像の外側からとんできたのは一発の銃弾。

「油断してはだめよ、蘭丸君」

 その隣にはすごくきれいな女の人が一人。短銃を手に立っている。着物についているスリットから覗く白い足がまぶしい。
 銃口が白煙を吹いているところを見ると、今浪士を打ち抜いたのはあの女の人のようだ。
 そして女の人の隣には、一人の人間が。それも、見覚えのある人間がいた。

「はしゃぐな丸」

 狐の面を見て一瞬叶さんかと身構えたが、子供を諫める口調も声質もちがってほっとする。
 一瞬疑ったのは僕だけじゃなかったようで、隣で神楽ちゃんもまた息をついていた。

「はい!」

 子供ははにかみ、再び獲物を構えて浪士の一人に飛びかかる。
 その間に入ったのは、銀さんだった。

「子供のおいたにしては、ちょっとやり過ぎじゃねぇのか?」
「なんだよお前!」
「なぁに。情操教育を間違った親に変わって雷でも落としてやろうかと思ってね」

 銀さんが高みの見物を決め込んでいる狐の面の男に言うが、相手は一言も、何も返してこなかった。
 代わりに吠えたのは子供の方。

「うるさいもやし!」
「もやッ!てめ、子供だと思って手加減してやりゃぁ図に乗りやがって!」
「は!大きなお世話だよ!!
雷なら、俺が落としてやるよ!」

 弓に絡んだ木刀を振り払うように弓を大きく動かし、子供は距離を取る。
 そして天に弓を構え、一気に引いた。

 降り注ぐ矢。だが先ほどとは様相が違う。
 その一本一本が紫電を帯び、わずかにでも矢に触れてしまった者は、その場に倒れ伏した。

「おいおいおいおい。反則だろうが、そりゃ」

 同じく神楽ちゃんの傘に入って待避した銀さんがぼやく。

 だが事態は思わぬ方向へと進展した。

「上総介様っ!」

 女性の悲鳴のような声が戦場に響いた。
 何があったのかと振り向けば、狐の面の男の首に刀を当てた桂さんの姿。

「桂さん!!」
「敵を叩くには、まずは大将…と言うだろう」

 不敵な笑みを浮かべて、桂さんはささやくように言った。

「狐様!!
てめぇッ!」
「騒ぐな、丸」

 弦をめいいっぱいまで引っ張った子供に、落ち着いた声色で狐の面の男は言う。
 首に刀が宛がわれているというのに、その余裕の根拠はどこにあるというのか。
 視線だけで殺さんばかりに睨み付ける子供だが、狐の面の男の命令を聞いて桂さんに向けた矢を放ちはしない。
 代わりに八つ当たりのように、子供が隙だらけのように見えたのか、襲いかかってきた浪士たちを、容赦なく凄惨に射殺していった。

 隣の女性もまた、桂さんの米神に銃口を宛がっているが、決して引き金を引いたりはしなかった。

「ずいぶんと、いい格好じゃねぇか」

 女物の着物に身を包んだ隻眼の男が、ゆらりと姿を現した。

「高杉ッ!!」

 桂さんの注意が、高杉と呼ばれた男が出てきたところでわずかに逸れる。
 その隙に、子供が矢を放ち、女性が引き金を引く。
 間一髪のところで、桂さんは難を逃れ、僕らの足下にまで転がってきた。
 高いところから落ちた桂さんだったが、幸いなことに子供が打ち込んだ大量の矢がクッションとなったようで、落下による怪我らしい怪我はなかった。

 子供は桂さんと入れ替わるようにして狐の面の男の側へと跳躍する。
 その身の無事を確認したようで、ほっとしたのがわかった。

 爆音とともに、船が大きく傾いだ。
 いつの間に接近したのかはわからないが、巨大な戦艦がすぐ近くにまで寄っており、大筒からは煙が濛々と上がっていた。つまりはその船が遠慮無くこちらに砲撃したのだろう。
 バランスを大きく崩すが、みななんとか踏みとどまる。
 その中でただ一人、視界の端では、女性がゆっくりと自分の立っているところから落ちかけているのが見えた。

「あぶなッ」

 敵だというのに、ついついそんな声を上げてしまった。
 とはいえ、それは杞憂だったらしい。

「我が手を煩わせるな」

 しっかりと女性の手を掴んだ狐の面の男が、厳しいながらもどこか優しさを孕んだ声をかけて自分の方まで引き寄せた。

 そのまま双方、なし崩しのままに傾いだ船から待避する。
 僕らは桂さんの船に。
 狐の面の男とその部下と思われる二人、そして高杉の一派は春雨の船に。

 決着は結局つかないままに、痛み分けという空虚な結果だけが残った。




message:濃姫がもう妻の鑑で、こんな綺麗な人に愛されている主人公は他の女性なんて目に入らなそうです。別の時間軸でも夫婦になって欲しい・・・(涙)
>>大丈夫です。主人公は濃姫一筋です。

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