Chasm(in silver soul/紅桜編)|目を凝らして ここを捉えて|土方十四郎視点
万事屋の案内で、あの狐が回収していった刀を作った刀工…の妹のところに案内された。
夜分遅くだというのに、丁寧な対応をしてもらえたのは、やはり"紅桜"という名の刀が絡んでいたからか。
出された茶には万事屋だけが口をつけ、俺と総悟はじっと女の万事屋の説明に対する反応を見ていた。
その紅桜を作った鉄矢という男はもう、この世にはいないという。
万事屋が一切そこに触れないところをみるに、それについては知っていたのだろう。
そういえば山崎に探らせた高杉一派と桂一派の闘争にも紅桜という名が出てきたような気がすると、小声で語られる話を聞きながら思い出していた。
「兄者から、話を聞いたことがある。あの紅桜の完成に頭脳を貸してくれた狐がいたと」
ぼそぼそと語りだされたのはやはり狐の存在。
「どんなやつだ?」
「高圧的でいけ好かない、と兄者は言っていたが、狐の腕は認めていたようだった」
「刀鍛冶が認めたというと、狐も刀工だったのか?」
「いや、狐は紅桜に仕込む人工知能について兄者に協力していたらしい。
協力と言っても、共同で紅桜を作ったのではなく、知恵を貸しただけで、一度会った後は完成まで姿を現さなかったと聞いている。
事実、兄者が紅桜を打っている間に、私はその姿を見たことがない」
「なら姿に関しては聞いていないか?」
「いや…黒い髪に白装束というぐらいしかわからない。顔は狐の面をつけていて、両手両足に包帯を巻いていたから特徴らしい特徴もないと…」
「ちっ…」
舌打ちをすると、刀工の妹が小さく謝罪をしてきた。
これ以上の情報は得られない、ということで刀工の家を後にする。
やはり本人を見つけるのが一番、と屯所に連絡を入れてみるものの、まだ東条は帰っていないという。連絡も入っていないらしい。
いよいか、と無線で屯所の人間を動かそうとしたところで、突然横を歩いていた万事屋が巨大な白い物体に変わった。
「ヤローどもが三人、馬鹿面下げて何やってるアルか?」
「てめ、神楽、定春、下りやがれ。つーかなんで俺の上に乗るんだよ」
変わった、のではなく、のしかかられたが正解だったようだ。
巨大な犬が、万事屋の上で荒い息を繰り返す。
犬がのいて頭から軽く血を流しながら立ち上がった万事屋は、チャイナ娘に聞いた。
「神楽。叶はどこにいる?」
「叶がどうかしたアルか?」
「いいから、どこにいる?」
追求するように言うそれに、俺たちも耳を傾ける。
すると、不穏な空気を感じ取ったチャイナ娘もまた、睨むように俺たちを見てきた。
「銀ちゃん。叶の居場所が知りたいってそれ、どういう意味ネ」
「そのままだ」
「それが…銀ちゃんの答えアルな」
すると、強烈な蹴りが万事屋の頭に入った。
かなりいい音がしたから、相当痛かったことだろう。
トドメといわんばかりに、先ほどの巨大な犬に踏みつけられ、さすがの俺も僅かばかり同情した。
「いてっ、なにすん、」
「お前らみんなサイテーアル!」
万事屋の言葉を遮って、チャイナ娘が怒鳴る。
そして巨大な犬に自分で家に帰るように告げると、俺たちに背中を向けてきた。
「ついてくるヨロシ」
怒りのにじむ低い声でさっさと歩き出したチャイナ娘を追いかけた。
案内されたのはスナックすまいるだった。
近藤さんや松平のとっつぁんの行きつけの店は、まだまだこれからが稼ぎ時と言わんばかりに混み合い、盛り上がりを見せている。
見渡せば…まあやっぱりとでも言うべきか、近藤さんは定位置と化した席について、隣のあの女に殴られているところだ。
そんな俺たちを客とみなしたのか、長い髪を背中に流した女が一人、俺たちの前に現れた。
「いらっしゃいませ。すみません、今満席、で…………」
「……………」
女が固まる。
俺も固まる。
女が持っていた盆を落とし、乗っていたグラスが割れ、ウィスキーがカーペットに染み込んでいく。
逃げだそうとした女の肩を、俺はがしっと捕まえた。
「てめ、東条、こんなところで何やってやがる!!」
「すすす、すみません、副長!これにはいろいろと経緯とかがありましてっ」
「経緯って、何がどうなったら、てめーがそんな恰好することになるんだ!?」
「私が頼んだんですよ」
東条に助け舟を出したのは、あの眼鏡の姉だった。
「お妙さッごふぅ」
迂闊に背後から近づいて、裏拳で殴られて飛ばされる近藤さんを視線だけで追いかける。
追いかけて、生きていることを確認し、視線から外す。
「と、とりあえず…着替えてきてもいいですか?」
か細い声での東条の提案に、脇を固めた俺と総悟は首を振ったのだった。
あいていた一つのテーブルに案内されて、俺たちは順に席に着いた。
中心に東条。両脇を固めるように俺と総悟。総悟の隣には万事屋の二人と眼鏡の姉。そして俺の隣には負傷して伸びている近藤さん。
その情けない姿をみないようにとテーブルに向けば、東条の頭に乗せられていた長髪のカツラが盛られたフルーツの代わりのように置かれている。
そのカツラを超え、眼鏡の姉を見た。
「で?」
「神楽ちゃんに頼まれたんです。叶さんが元気がなくて、屯所に返したくないから預かってくれって」
「預かってくれって、犬猫じゃねぇんだから」
「でも私も仕事があるでしょう。そこで閃いたんです。叶さんもここで働いてしまえば一石二鳥なんじゃないかしらって。
お店の子も何人か休んでいて忙しいし、叶さんは細いからそんなに違和感を感じないし」
「なるほどなるほど。そいつァ名案」
茶化すように総悟がいい、さらに東条が乾いた笑みを浮かべる。
眼鏡の姉も総悟に同意するように頷く。
「何ならこのまま、真選組をお店で働いたらどうかしら?」
「い、いえ…遠慮します」
東条は苦く笑い、か細く辞退を申し出た。
「で……東条は、ずっとここにいたのか?」
「ええ。いましたよ。私とここにいるみんなが証人です」
笑顔とともに言い放つ。
そこに偽りはない。
「そっか。そうだよな」
万事屋の口から安堵が漏れる。
「叶。悪かったな」
万事屋が言えば、東条は曖昧に笑った。
表情の裏に見え隠れする疲れの色は濃い。
「テメェの監禁と謹慎は解除だ」
「ありがとうございます。
…その…できればその…この格好は忘れてもらえれば………」
「…とりあえず着替えてこい」
許可を出したことで、慌ただしく裏へとかけていこうとするその東条の足に、総悟の足が伸びる。
案の定、東条はその総悟の足に足を取られて、俺たちの目の前ですっころんだ。
「…何をするんだい、沖田隊長?」
「別に」
探るような目つきで東条を見ていた総悟だったが、やがてその視線をそらしたのだった。