Chasm(in silver soul/紅桜編)|不眠中の羊たち|土方十四郎視点

 立て続け起こる隊士を狙った辻斬りに、皆が恐恐とし、ぴりぴりと殺気立っていた。
 無理もないことと思うと同時に、情けなさを感じざるを得ない。
 辻斬りは必ず見回りのルートに現れるのだから、内部に通じている人間がいるのは間違いない。
 問題はそれが誰なのかで…山崎を筆頭として監察方の人間に探らせてはいるが、これと言って収穫がなく、作文のような報告書を眺めるだけの日々が続いている。
 そんな毎日が長引くと消費される煙草の量はうなぎ上りに増加し、また一本、噛みつぶされたフィルターを灰皿に置こうと手を伸ばすと、吸いがらの山がきれいに消えていることに気がついた。

「朝倉か」
「ふふ。私の気配に気づかないなんて、相当お疲れのようですね」

 書類から顔を上げれば、予想通りにいたのは朝倉涼子だった。
 朝倉は俺の前に座り、持ってきていた盆をおろす。
 俺は新しい煙草に火をつける代わりに、差し出された茶で喉を焼いた。

 女性の隊士という存在に、最初俺は猛反対した。
 真選組は武装警察であり、多くの危険を伴う。実力がなければ即座に死に結びつくといっても言い過ぎではない。また、男所帯であるから面倒が起きない可能性のほうが低い。
 しかし、所詮は縦割り組織。
 落ちに落ちまくった真選組のイメージアップのためにはやむを得ないという上の決定には逆らえず、入隊許可をしたわけだが…それが思いのほかいい結果をもたらした。
 たとえば、腕っ節が自慢の厳つい隊士たちでは治め切れなかった江戸の人々との軋轢を解消したり、上の人間との接待での立ち回りであったり、日々の生活で男だけでは気の回らないところにもよく気がつく。隊士たちも女が一人いるというだけで、たち振る舞いに気をつけたりもするのだから不思議なものだ。加えて腕っ節のほうも、真選組の中でも"上"に入るぐらいにいい。
 女だから、という俺の持っていた下らない偏見を取り払うほどに、朝倉涼子の働きには感心するものがあった。

「犯人は見つかりそうにありませんか?」

 考えを巡らせている俺に、朝倉は言ってきた。
 心なしか、その表情が不安で曇ったように見えなくもない。

「怖ェのか?」
「いえ。ただ少し、心配なだけです。
今は死者がでていませんが、だんだんとエスカレートしつつあります。
頻度も徐々に高まっていて、このまま真選組が決裂したりしないものかと」
「…問題ねぇ。奴らも今は少し殺気立っているだけだ。敵さえ見えれば、すぐに元に戻る。
腕に覚えのない人間も、強い人間と共に行動すれば問題はない。
問題は実力が大したことないのに、腕を過信しているやつか」
「そうですね。その点でいけば、東条君は安心ですね」

 不意に出てきた東条の名に、俺は自然と眉が動いた。

「東条、か」

 飲み終えた湯呑を置き、新しい煙草に火をつける。

 そういえば、朝倉は東条と仲がよかったと記憶している。
 東条を相手に朝倉が遅れをとるはずはないが、嫌疑がかけられていることは言うべきだろうか。
 東条のことは山崎にも探らせてはいるが、ここで朝倉の協力が得られるならば、より近い位置から東条を観察できるが…。

「今日の外回りの報告は明日でもかまいませんか?」
「ああ…」

 結局俺は、東条のことを口にする機会を逸した。

「ちょっと回る件数が多いので。帰りは朝になると思います」
「誰かつけるか?」
「大丈夫です」

 疲れを押し隠した笑顔が向けられる。
 紫煙を吐き出し、灰皿に吸殻を押し付けて、朝倉を見据える。

「もう少しだ」
「ええ。そうですね。もうひと踏ん張りです」

 言いながら朝倉は部屋を下がろうとし、その直前で、朝倉は俺を振り返った。

「そうそう。これは副長のお耳に入れておいた方がいいかもしれません」
「何だ?」
「さっき甘味屋の前を通りかかったら、東条君と万事屋さんが一緒にいましたよ」
「何だと」

 身を乗り出した俺に、驚いたように目を丸くする朝倉。
 しかしすぐに驚きは隠される。

「どのあたりだ?」
「大通りから横道に少し入ったところです。見かけたのは偶然なんですけれど」
「そうか………ごくろうだったな」
「いいえ」

 出ていく直前にもう一度朝倉は振り返り、しかし今度は何も言わなかった。
 ただ、がんばってくださいね、と囁くように言われた気がした。

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